乗り越えた

レンジを使った。

もう、どうでもよろし。好きにせえ。

ほんと、そのとおり。

朝のドタバタしている際、冷蔵庫に作り置きの茄子とピーマンと豚肉の味噌炒めを見つけた。

あぁ、これそろそろ温め直しておかないと。無意識に、オーブンレンジの扉を開けて、中につっこみボタンを押した。全く同じメーカーのものなので身体が覚えた自然な動きで加熱をしていた。

庫内に灯りがついてウィーンと作動する。

あ。

ここで気がつく。

爆発もせず、無事、熱は入った。

思えばはじめて補助輪をはずして自転車をこいだのもこんな感じだった。

一人で練習している時は怖々ペダルを踏むので変な力がはいってハンドルも右に左に揺れ、バランスを崩して倒れそうになる。

あるとき祖母が泊まりにやってきた。

一緒に外で遊ぼうと引っ張りだし、私は彼女に自転車の後ろを押さえてくれと頼んだ。

「わたしが漕ぐから、おばあちゃんはうしろ、掴んで押して」

「はいはい、こう?」

はじめ、すこし車体がぐらついたが、ぐっと力がはいって安定した。

祖母の両手で支えられている安心感から力一杯ペダルを漕ぐ。

ぐいっぐいっぐーん。

風邪を顔に受けてぐんぐん進む。ああ、やっぱり押さえてもらうとうまく漕げる。

「ありがとう、おばあちゃん」

かなり進んだところで振り向いた。小走りでくっついてきているはずの祖母ははるか向こうにいた。

「上手上手」

両手をパチパチたたいてニコニコしている。

私が自転車を補助なしで漕げるようになったのを見てもらいたいと連れてこられたのだと勘違いをしていたのだ。

「いつから手、話してたの?」

「最初っからよ、スタートする時だけ押さえておけばいいんだと思ってた」

二人でゲラゲラ笑った。

6歳だった。

 

「あ」

思わず声が出た。新品のレンジがおっかなかったことをすっかり忘れ、無事、乗り越えた。

56歳の夏の朝だった。