雨の朝。レインコートを着て散歩に出た。
思いつきでいつもしているイヤホンをはずし、歩く。
ラジオを聴きながら歩くのは、そこに意識を持っていくことで余計なことを考えないから。
ちょっとでも空間があると、あのとき言われた言葉がまた浮かんできたり、これからの自分のことを考えたり、眩しく見える同世代の仲間のことを思い出しうっすら落ち込んだりする。
それから逃げるためのイヤフォンなのだった。
もうこれがなくても大丈夫。
雨がポツポツ傘に当たる。木の葉に雨粒が落ちて風で揺らす。カラスが会話のように短く鳴いてやりとりをしている。傘の中から聞こえてくる音は懐かしかった。
ずっと前。小学校の登校時。こんな世界の中にいた。怖いものなんてなにもなくて、傷つくなんて言葉は自分のためにあるものじゃないと思っていた。
今日の給食はなんだろう。宿題ちゃんと全部おわってないなあ。学校から帰ったらピアノの日だな。お母さん、なんか機嫌わるかったなあ。
ま、いっか。
スキップして、友達の顔が見えてきて、学校が見えてくる。
おはよう。
いろんなことはパッと消えてしまう。1日が始まって、だれかと喧嘩したり笑ったりしてあっという間に1日が終わる。
怒られて泣きながら寝た翌朝だって、きれいさっぱりした気分ではじまるのだ。
50を過ぎた私は傘に雨があたる音を懐かしむ。
好んでチャプチャプ踏み込んでいた水溜りをよけてよけて歩く。
ぴちぴちチャプチャプらんらんらん♪
声を出して歌ってみた。
ピッチピッチチャップチャップランランランッ🎵
楽しくなってきた。
傘をくるくる回す。
雨粒がパッと広がって飛んでいく。
レインコートの前をしめて、ずんずん進む。
雨の日ってこんな感じだった。
ちょっと楽しくなってきた。