美容院の予約をいれた。
子供の頃からの人から巣立ち、美容院迷子になり、やっと今のところに落ち着いた。
成人式も結婚式もお世話になった長い付き合いだった女性は気楽でよかった。ただ、母も姉もこの人にやってもらっていたからすべてが筒抜けで、ある時期からそれが息苦しく感じるようになり、自分のところを見つけようと通うのをやめた。
電車にのって途中一回乗り換えをして駅から3分。
見つけたサロンは決して近くはないが、遠くもない。だいたい30分から40分の間で着く。
それでも普段、近所のスーパーに行けば、それを外出とカウントするような生活をしている者からすれば、一大イベントのお出かけだ。
近所のところも何軒か試した。
ダメなわけではないけれど、なにかが違う。自分が自分らしくいられない。
相性があるのだと思う。
あちらが気を使って話しかけてくると、つい受けてのこっちも話をふくらませる。
美容師さんはおしゃべり上手な人が多い。陽気にあちらもさらにそれをふくらます。
とぎれることなく、楽しく会話が続く。
そこでの私はどこか、よそゆきの、ちょっと感じのいい人を演じてしまう。
人見知りをしている1回目にそうしてしまうから、2度目もそうなる。
そういう人、としてあちらが迎えてくれるから、ここでもついつい、それに応えてしまう。
まったく違う人を演っているつもりもない。私は自分を解放するまで時間がかかる。毎日顔をあわせていれば、じわじわ自分を出すこともできるが、美容院というところは最低でも一ヶ月は間が開く。美容に不精な私の場合、3、4ヶ月、平気で開く。
だからいつまでたってもよそ行きの顔のまま、初日の転校生のようなぎこちなさなのだ。
これが、どっと疲れる。
お金を払って緊張して帰ってくる。相手を困らせていないかなどと気を遣う。
今の人は男性だ。おじさん。
中年女性のドライヤーだけで整うカットが得意です。という自己紹介の言葉に惹かれた。
ベラベラ調子よくしゃべってくるような男性だったら苦手だが、写真のその人は、ムスッと無愛想に写っている。美容師が登録されているサイトなので、どの人も大抵はにっこりこちらを向いているのに、困ったように手を後ろに組み、笑えといわれて困っているような表情で写っていた。
この人だ。
店を調べると電車に乗っていく距離だったが行ってみた。
やっぱりボソボソした人で、口数少なく、ハサミをいれていく。
人見知り同士、会話は途切れる。それが心地いい。
「今日はどうします」
「120パーセントおまかせで」
「短くします?今の印象のままがいいです?」
「わからないので、おまかせします」
ふっと笑う。
「わっかりました、ありがとうございます」
「よろしくお願いします」
この客、途切れ途切れでやってくるけど、女っ気ねえなぁの、「ふっ」なのか、ちょっと困ったねといった感じと、任せてくれんのか、という自信の混じった「ふっ」。
安心して自分でいられる。