余計なことすな

昼ごはんにカレーを作る。

最近、ちょっと凝ったのを作りたくてスパイスを効かせたものを作り続けていた。

クミン、コリアンダー、カルダモン、ターメリック

市販のルーを使うが、具材を炒めるときに肉にまぶしてからやると、インド料理屋のような匂いが立ち込める。

ちょっと小瓶を振るだけで、凝った料理を作っているような気分に浸れるのが楽しくてカレーのたびにやっていた。

「お。なんか本格的な感じだね」

生協の中辛レトルトですら、辛くて無口になるくせに夫がいう。

今にして思えばあれは間違いなくリップサービスだったのに、そのあたりの勘が鈍い私はすっかり間に受けた。甘口を使ってスパイスを効かせたのを作るから、風味だけ本格派で辛くない。だから評判がいいのだと信じ、何度も何度も繰り返していた。

夫は昔から、よほどのことがない限り、なんでも食べる。

口に合わない場合は「ちょっとお腹いっぱい」「僕、これ、ちょっと苦手かも。あ、美味しいよ、美味しいんだけどね」と言いながらもなんとか飲み込む。

たいてい口に運ぶ勢いが鈍いと、味付けが下手だったのか、それほど好きでは無かったかと判断するが、このお手軽スパイスカレーはうっかりしていた。

カレー自体好物なので「スパイス効いてて美味しい」と言うのを「スパイスが効いていつもよりさらに美味しくなっている」と理解していたのだ。

ところがある日、息子からクレームがでた。

「そろそろ普通のが食べたいんだけど」

同じくカレー大好きなはずの彼が「好みではない」と言う。

「あれ、そうなの。父さんが美味しいって言ってたから敢えてスパイス入れてたんだけど」

「美味しいよ、父さんは食べるよ。」

別に不穏な空気になっていないのに、気を回して夫がフォローする。

父さんは食べるよ・・・?

父さんは頑張って食べるよ、これで大丈夫、と言う意味合いが含まれている・・・気がする。

「ねえ、どっちかっていったらどっちがいいの?あなたは」

曖昧な夫に尋ねた。

「う〜ん、これも好きだけど、やっぱりいつものトンさんのオリジナルがいい」

最新の注意を払って本音が漏れた。

「トンさんオリジナルって、ただルーの箱に書いてある通りにやってるだけですが」

黙って口に合わないカレーを食べていた息子が呟いた。

「それや。その箱のとーりでいいんだよ、余計なことはせんでいい」

それがあっての、リベンジカレーなのである。

自信喪失した作り手は4皿分だけ拵えることにする。

箱に明記されている、半量で作る場合というのをそのまんま、水の量も肉の量もグラム単位で合わせ、野菜も人参が書かれていなかったのでグッと堪え玉葱だけにした。炒め時間も煮込み時間も、きっちり書いてある指示に従った。

いつもならちょこっと入れるトマトやウスターソースも一切入れない。

余計なことはいたしませんぞ。

小鍋に半分くらいのが出来上がった。

昼はそれぞれ自分の都合のいい時に降りてきて別々に食べる。

なんでも美味しいと言う夫はやっぱり「美味しい」と言った。

「スパイス、無くしたのわかる?」

「うん。この前のより食べやすい。でもいつものとちょっと違えてるでしょ。やっぱり父さん、あっちのがいいかな」

箱の通りだよと言うと、うん、美味しい、大丈夫大丈夫と、テレビを見始めた。

3時過ぎ。遅れて食べる息子も文句こそ言わないが、やはり食いつきが鈍い。

「カレー、どう?」

「う〜ん、だからもっと普通のがいい」

「これ、普通だよ。箱に書いてある通り、そのまんま、それ以外何も入れてないもの」

「ルーもいつもの?」

「ああ、最近CMでよく見るあれにした。・・わずか数分で本格プロの味っていう・・・そうか、わかった」

この人たちには本格派カレー部門全般ダメなんだ。

本格的でないのが、好きなのだ。

「もう、あなたたち、好きな食べ物ってところにカレーって書いちゃだめ。書くならバーモントさんの中辛で、鶏肉で作った隠し味とか一切入れてないお子ちゃまカレーって書きなさい」

「それこそが、カレーだ。今後本格的な手間も裏技も一切いらん」

つまらん。でも、楽でいい。