転んで顔面強打し血だらけになった母は腫れた口元をマスクで隠しながらちょこちょこ元気に出歩いている。
今晩も毎週通っている体操教室に行くのだそうだ。
「だって私会計だから。いかないと」
えらい。
メソメソしない。その根性。実にえらい。
午前中、偶然予約の入っていた健康診断でホームドクターにその傷を診てもらったそうだ。
「日頃運動しているだけあってさすがだって。骨も神経も異常ないからこのままにしておいていいって。」
プロが診てそういうなら安心だねと言うと
「あなただったら間違いなく折れてたわよ」と得意げだ。よしよし。この憎まれ口がもどってきたなら大丈夫。
それでも病院の帰りに買ったとイチゴを差し出す。
「あなたにもいろいろお世話になりました」
いつからだろう。
母とこんなふうになれたのは。子供の頃のあのお母さん大好きと信者のようにくっついていた時とも違う。友達親子のように一緒に出歩いていた時とも違う。いつもおどおどしていた。
今も彼女の機嫌や言葉に狼狽えるが、どこかで線を引いている。
それは悲しいことかもしれない。けれど、一定の距離を保ち、私と母は繋がっているのだ。
そしてそのつながりは、太く強く切れない。
実家天国という言葉はついぞ、ピンとこない。
けれど、拒絶したまま別れることにならなくてよかった。
ぎりぎりのところで間に合った。
腹も立つし、悲しくなりもする。けれど、それで大丈夫。
よかったよかった。
すべて、よかった。
「来月のクラス会までにこの顔治るかしら」
お洋服も靴も用意して楽しみにしている。