心配だ

夫が帰宅するなり

「明日の歓迎会、僕が乾杯のスピーチ、やることになった」

嬉しそうである。もともとこういうのは好きなのだ。飲み会があると知れば呼ばれていなくても行く。歌えと言われれば上手じゃないけど喜んで歌う。人の前に出るのが好き、目立つのが好き、注目されるのが大好き。

「短くね」

「うん、スピーチって言っても一言だから」

頼まれたから仕方なく、ちょこっとやるんだと言わんばかりに答えるが、目はキラキラ輝き、明らかに張り切っている。

「原稿まで書かなくていいけど、今夜のうちになんとなくこんなこと話そうって決めとくといいよ。30秒で」

「はい」

「あなたの話は思いついたままあっちにこっちに迷走して何言ってんだかわかんなくなるから」

そして長くなる。

「うん、ありがとう、そうする」

返事はいいが、私の言葉など頭の上をするっと通過していった。

朝。雨が降っていた。カーテンを開けてラジオ体操どうするかなと外を眺める。

「おはよう」

夫が起きた。

「昨日、サッカー日本勝ったよ。初め、いきなり一人の選手が退場になって10人で戦ったんだけど、退場直前に一点入れて、どうにかそれで逃げ切った」

「退場したのは日本の選手?」

「そう」

「退場する前にその人がゴールしたの?」

「違う、残りの10人でさ」

「今日何喋るか決めた?」

「まだ」

とにかく短くと念を押す。

そういえばこんなこと以前にもあった。結婚前夜だ。

当時、私の父も夫の父も、スピーチを自分がやるものと思っていることがわかった。この二人、性格が正反対で喧嘩こそしないが馬が合わないのは良くわかっていた。

こんなことで揉めたくない。母は「あちらのお父さん、お話上手じゃないし、お父さんは慣れてるから」と自分の夫をプッシュする。

そこで私は言った。

「あなたがやってよ。新郎がやればどっちも納得するし、おかしくないし」

その意図の中にもう一つあった。当時彼は入社2年目で、仕事を全く回してもらえていなかった。自分から教えてくださいと言う可愛げもなく、変な意地を張っていつも部内のロッカーの中から資料を取り出し一人で解決しようとしていた。

結婚を決めた時、先輩の男性たちは「お前、あいつの言ってることわかるんか?俺、わからん」と冗談とも本気とも取れる言い方で笑った。

生意気な扱い憎い奴と扱われていた彼の純粋なところが伝わるといいと思ったのだった。

「短くていいから。思いの丈を述べようとか、そんなのいいからとにかく、皆様にお越しくださってありがとうございますってだけ話してくれればいいから」

その時もそう言ったのを思い出す。

「30秒ね」

夫が笑う。

「そう、いいこと言おうとか、しなくていいから。印象に残る何かとか、いらないから。みんな喉が渇いて早く飲みたいんだから」

うん、うん。素直に頷く。

心配だ。嬉しくなって長々とやりはしないか心配だ。

しかし。私だったら飲み会の乾杯を仰せつかったらもう、その瞬間からブルーになる。

嬉しそうに張り切って出て行く夫。

張り切るなよ。