母は無事、ホテルのお泊まり会に出て行った。
夜、携帯に陽気な声で電話がかかってきた。
「連絡遅くなってすみませーん」
その陽気な声に一瞬誰かと思った。
普段私に接する時の、上から見下ろすような雰囲気とは違い、まるで親元から旅行にでた思春期の娘が夜になったら連絡しなさいよと母親と約束していたのをうっかり忘れていたかのような、そんな声。
「もうね、夜景がすっごく、すっごく綺麗。観覧車も見えて、すごいのよ。あなたが連絡しておいてくれたからきっといい部屋になったんだと思う、ありがとうございますぅ」
酔っているのだろうか。後ろから友人二人がきゃっきゃきゃっきゃ笑いながら何か叫んでいる。
よかった。喧嘩していない。
出発する日の朝、私のやることだから何かミスをしていないか不安で確認の電話をホテルに入れた。
メールに前日予約確認が来ていたが、それでも心配で確かめた。なにしろ、一度キャンセルした旅行の復活版なのだ。ここにこぎつけるまで、三人は何度も揉めていた。やっとのことでホテルに着いてみたら、食事がないだの、部屋が思っていたプラント違っただの、予定していた料金より多く支払うことになっただの、あってはならない。
ホテルマンは確かに承っております。はい、2日とも、朝食、付きでご予約いただいております。お部屋は・・・はい、夜景の見えるお部屋ということで承知しております。と答えてくれた。ホッとする。間違いは犯していない。
「あの、年寄り三人の旅行でして・・・その、できるだけ景色のいいところにしてやってくれませんか。このプランのお部屋の中のところでいいんですけど。すごく楽しみにしていたので、できれば」
喧嘩寸前だった三人の、もしかしたら最後のお泊まり会になるかもしれないと言った方が事実に近いが、最後などと、余計な誤解をさせてしまうかもしれない。
「はい、お約束はしかねますが、考慮させていただきます」
10階から18階の海側という横浜のホテルに泊まるプランだった。
「18階のね、イッチバン高いとこの、イッチバンいいところみたい。観覧車も海もよく見えるの。すっごく綺麗よ。ありがとう」
電話を受けてくれたお姉さん、ありがとう。
何歳になっても三人よれば、10代に戻る。喧嘩もするし、打ち明け話もする。
2日後、母が帰ってきた。
「いろいろお世話様でしたね。これ、みんながお礼しなくちゃっていうから、そんなのいらないって言って。これで十分よね」
口調は母親に戻っていた。For Youと書いてあるハートのシールが貼られた紙袋の中から赤い水玉模様のミニタオルが出てきた。
可愛い。嬉しかった。みんなが何かお礼しなくちゃと思うほど、楽しい三日間だったのか。
「ありがとう。楽しめてよかったね」
「それがね、やっぱりもうダメよ、疲れた。もうこれで最後よ、みんな勝手でわけわかんない」
それからしばらくいかに二人が我儘で大変だったか、話し始めた。
「もう、本当に最後。あの人たちとは付き合えないわ。」
私はこれを信じない。