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傘を取られてしまった。

朝、雨降りの散歩の帰り、コンビニに寄り店を出たら消えていた。

ほんの数分のこと、あまりのことに一瞬、傘立てから落ちてどこかに転がっているかと探した。

傘立ての下、積み上げられている段ボールの束の間、ダストボックス、うろうろしてみたが無い。

やっぱり、盗られた、ということなんだと受け入れるまで混乱する。

だって。

だってあんな折り畳みの、女物の、傘を持っていくだろうか。

店内にいたのはみんな男性。近くの工事現場で仕事をする人たちがお弁当と朝ごはんを買いにくる。

何人かはそのままイートインコーナーで食べていく。

女性は私だけで私より先に入った人はいなかった。

あのがっしりした男達があの薄いラベンダー色の華奢な折り畳み傘を指していると違和感で目立つ。それに現場仕事で雨に濡れることも多いはずの彼らがこれっぽちの小雨に人の傘を持っていくようなことなんてしないのではないか。

では、誰が。どんな人が。

傘は惜しくないが、あれは息子と夫に母の日にこれが欲しいと、お金を出してもらって買ったものだった。

二人に申し訳ない。それだけ。でも、そういう傘。

這いつくばって探してもやっぱり出てこない。

帰り道、フードをかぶって歩きながら考える。

きっと女の人だ。家を出た時は降っていなかったのにバス停を降りたらポツポツ降っていた。今日は大事な打ち合わせがある。一張羅を着てここ一番の勝負の朝なのに。これ、絹なのに。シミができちゃう。

あ、ここに。高級そうじゃないから。いいよね。許せ。

もしくは女子高生。

濡れたまま学校に行きたくないなあ。髪も崩れるし。またみんなに揶揄われるかも。なんかちょっと苛められやすいんだよなあ。

あ、こんなところに傘が。どうしよう。どうしよう。ああ、でも。ごめんっ。

これもありうる。

抱っこ紐に赤ちゃんを前に抱えた働くママ、パパ。

子供が濡れてしまう。風邪ひかせちゃう。傘持ってこなかった。保育所まで雨宿りするわけにもいかないし。まだだいぶ歩くのに。

あ、こんなとこに傘が。す、すみませんっ。子供の命がかかっているんですっ。

まあいずれにしてもどこかの誰かを救ったのだ。

よいよい。誰かが危機を脱したのだ。

あれから時々、あそこのコンビニに行くたびにちらりと傘立てを見るが、やっぱりない。

いつか、そっと誰かが戻すような気がしてつい、探す。