忘れちゃいかんこと

昨日夫がめずらしく7時前に帰ってきた。

私を心配してのことではない。一瞬、あら、もしかして・・うふふと思ったが違った。

単に連休明けで問い合わせの電話が少なく、ここを逃してなるものかとさっさと退社したのだそうだ。

ラジオ消してい?テレビにしていい?

ワイシャツ脱いで下着姿でリモコン片手に画面の間に突っ立っている。

元気そうだ。嬉しそうだ。なによりだ。

今日ば1日まったくダメで横になってたよ。

連絡事項の意味と、状況を共有して欲しいという甘えとで言う。

ふーん。気圧かなあ。

心臓が苦しくなったんだよ。数秒だけど、キュウって。

ふーん。心配だなあ。

安定のこのテンション。まったくオロオロしない。無関心なのかとも思えるこの返し。

昔はこれが辛かった。孤独を感じだ。過干渉の親の元で育った私には、ポンと放り出されたような心細さと寂しさがやってきて悲しくなった。

かわいかったなあ。

今となっては、業務連絡、妻、不調です。そんなわけで家事、バンバン手を抜きます。そう宣言する。

心配だなあ。

その返事を言ってくれる人が同じ空間にいることの心強さをやっとわかった。

いるだけで、いい。

ロキソニン、もってきてっ!

そう頼めば、大急ぎで持ってきてくれる。

そういう味方が自分にはいるんだと、そのこと。それをありがたいことだと、わかった。

ありがたいなあ。

そして調子がよくなるとまたすぐいい気になる。

だから神様はときどき、忘れないようにと軽めに私の体調を揺さぶって伝えようとするのかもしれない。