三人娘

あれから母が信じられないことを言いにきた。

今月10日から12日で横浜のホテルをとってくれという。

ホテルの名前も指定して、日付もそこじゃないとダメなのだそうだ。

いつも一緒にランチをしたり旅行をしていた三人のうちの一人に認知症の兆しが見え始め、病院にかかりデイケアにも行き始めた。具体的に何がどうおかしいのか聞かなかったが母ともう一人の友人は「あれは危なっかしいね」と言い合っていたという。

その彼女がどこにも出してもらえない。どこか旅行に行こうよと言い出した。

何か事故でもあったら責任も取れない。そして自分たちに彼女をフォローするだけの体力も知識もない。迷っているところに娘さんから送り迎えはこちらでするから行ってやって欲しいと電話がかかってきた。二人は覚悟を決め予定を立てた。それが4月10日から12日の横浜ホテルなのだった。

彼女は本当に喜び、もう一人の友達に毎日電話をしてくる。

同じ話を毎回毎回されるうち、そのもう一人はだんだん嫌になってきた。

この調子では旅行をしてもずっと同じ話を聞かされて疲れてしまう。行きたくない。そういえばなんとなく腰が痛い気がする。この腰じゃあ旅行は無理だわ。そうだわそうだわ、キャンセルしましょう。

宿泊プランを見つけ予約を入れたのはこの腰が痛いと言っている彼女。独断でキャンセルを入れた。

これを母が知ったのは奈良旅行から帰った翌日、つまり昨日の夕方。

「あんまりでしょ。もう二度と外に出られないかもしれないのに」

もう二度と外出ができないことはないと思う。むしろお迎えつきで面倒を見るからこれからも誘ってやって欲しいと娘さんが言うこともあるのではないだろうか。

しかし確かに気の毒だ。毎日同じ電話をしてくるほど楽しみだったのだ。幸いまだ本人には伝わっていないが、腰が痛いからキャンセルしたわと言われたらどれほどガックリするだろう。

「自分の名前でキャンセルしたから旅行会社に迷惑がかかるって、キャンセル取り消しなんかできないって言うのよ。あなた、ちょっとパソコンで探してよ。多少お値段が違っても仕方ないから。探して。日程も場所も同じじゃないとダメなのよ。」

キャンセルを無かったことにして決行するのだと母。腰が痛い友達にはこれから説得するつもりらしい。

いいとこあるじゃないか。そういうことなら。

なんとか同じ条件でホテルが取れた。私の名義で現地精算にした。

「2日前までキャンセル料かからないから、ゆっくり相談して。時間かけても大丈夫だから」

新しく予約したプランの値段と部屋の広さ、食事の有無など書いて渡した。

「ありがと。あの人、本当に勝手なのよ。酷いでしょ、わがままよ、腰が痛いってカラオケにもバーゲンにも行ってるのよ」

確かに。先日は母と一日中、二子玉川でランチと買い物をした。

「今はお母さんも疲れてるから、明日電話したほうがいいよ。よく休んで、すっきりした頭で話し合ったほうがいい」

母は疲れると感情のセーブが効かなくなる。そしてそうなるととんでもない失言をする傾向がある。

これ以上拗れないほうがいい。母のためにも。認知症のお友達のためにも。三人の友情のためにも。

「そうね。そうする。あの人、頑固だから体調整えてから立ち向かわないと」

その戦闘モードが危険なのだ。

みんなが笑顔の旅行になるといい。

 

それにしても。我が母のスタミナは恐ろしい。

落語、その翌日、午前吹き矢、午後体操教室。からのまた翌日早朝から奈良旅行。帰宅したこれまた翌日、弁当買い出しと花見。

そこに来週、横浜を入れていたのか。

すばらしい。

頑張れ、私のDNA。数年後、忘れずしっかりスイッチオンするのだぞ。