東京にも雪が降った日、息子から電話がかかってきた。
テレワークで家にいるが、食料が底をついた。これからスーパーに買い出しに行くが何かおすすめな食材はないかという。
内心、歩いて3分のところに牛丼屋もコンビニもあるだろうにと思う。何も足元の悪いところ、その先のスーパーまで律儀に行かなくったって。
しかし始まったばかりの一人暮らし、真面目にきちんとやりたいのもよくわかる。そういうたちなのだ。
ここで「牛丼食べとけ」と言えない私もどちらかというとそういうタチなのかもしれない。
せっかくできるだけ自分で食事を用意しようと思っているのに、こちらから手抜きの道へと誘導するのもいかがなものかと、これまた頭でっかちに考える。
「そうだねぇ。さすがに豚肉とカット野菜も飽きてきたでしょう」
「まあ別にそれでもいいっちゃあいんだけどね」
それでもとりあえず、豚バラと鶏肉とカット野菜なんでもいいから二袋買っておけと指示する。
「ちょっとメモして。ハーブソルトっていうのがあるから。それいいよ。炒めたのだろうがチンしたのだろうが、とりあえず味を決めてくれる。」
他に鶏がらスープの顆粒と、ごま油、冷凍ブロッコリー・・と言っているうちに思いつく。
キャンベルのクラムチャウダー。子供の時から好きだった。缶の中身を鍋に開け、同量の牛乳を空き缶に入れて追加する。それをただただ温めるだけのスープ。
退院直後、何もできないときに友人が教えてくれた。これにどれほど助けられたことか。
「一人暮らしにはちょっと割高かもしれないけどいいもの教えてあげよう。」
メーカー名と見た感じの缶の色、作り方を詳しく教えた。
「君が大好きだったからきっといいよ。」
先日パンをオーブングリルで焼いたが時間がかかるし、いちいち裏返さなくちゃならないし、あれはダメだったと言っていた。
「グリル、使えるの」
「使えるよ」
得意げに答える。
それじゃあ、鶏肉にフォークでブスブス穴を開けて、ハーブソルトをパラパラかけて、グリルで20分、やってごらん。
「塩は多過ぎるより足りなかったら後から足せるんだから、少なめにね」
脂が出るからアルミホイルの周りを立ち上げて、ガードして天板に乗せるといい、あと、出来上がってすぐはびっくりするぐらい天板は熱いからねなどと、余計なことまでつい加える。
「わかった、やってみるわ」
「スープに冷凍ブロッコリー入れたら野菜もついでに取れるしさ。余ったら熱が冷めたらその鍋ごと冷蔵庫に入れちゃって明日の朝、パンとそれでもいいじゃん」
電話はそこで切った。
言ったものの、まあ面倒になってまたカット野菜の焼きそばってことになるかな、仕事のある日に面倒なこと教えたかなと気になった。
夜8時、LINEがきた。
写真付きで、鶏肉とスープがそこに写っていた。
「肉、うまい!」
「でしょう。」
「スープも、これ、俺の好きなやつだ」
「そうだよ、グリルでお肉が焼けるようになったらグッと広がるよ。味付け変えれば照り焼きとか、パン粉焼きとか。横にジャガイモや玉ねぎ一緒に乗せてもいいし、魚も焼けるよ」
「そうか」
「部屋、いい匂いがしてるでしょう」
「うん」
嬉しかった。彼のいる空間が暖かさといい匂いと美味しいもので満たされている。
そして、グリルを使えるようになったこと。ガスコンロが加わったこと。
これで遠隔操作の範囲もグッと広がる。味噌汁も、固形スープで作る野菜スープも。
何より私が安心した。