父と息子

朝、ラジオ体操に行こうとゴソゴソやっていると夫が声をかけてきた。

「おはよう」

「おはよう」

最近、彼も朝が早い。時々、起きるとすでにベッドの中でスマホを見ていることがある。新婚当時、毎週末、午後3時過ぎまで眠っていた男と同一人物とは思えない。彼も順調に歳を重ねているのだ。なんだかそれは嬉しく、安心する。

ここまできたんだなあ。私たち。

「お腹、どうした、大丈夫」

「ありがとう。治った」

昨日、一日中腹痛がしていた。胃と腸を行ったり来たり、痛む。お腹は減るのに痛みのために食べるのが億劫になるような感じだった。

それを話したときは「へえ」と流されたが、珍しく覚えていてくれたのかと、一瞬、ほろりとする。

「ニュースでさ、またコロナがじわじわ罹患者が増えてきてるってグラフがあってさ」

だから君も気をつけなさいよ、昨日、お腹も痛かったんだから朝は暖かくしてきなさいよということか。

「息子に電話して教えてやろうかと思ったけど、やめた」

「言ってどうすんの」

「気をつけなさいって」

えーっ。

「およしったら。あのネット青年がそういった情報を入手していないわけがない。会社でもゴホゴホや人が増えてきたって気にしてたのに。不安を煽ってどうする。良かれと思って不安を煽る。それ、うちのお母さんがやるやつじゃん、自分が安心したいもんだから。思いついたらすぐ口にして、相手がどう感じ取るかまで考えない」

「だってぇ。どうしてるかなって思って、気をつけた方がいいって言ってやらないと」

「そうでなくてもあの心配性な人に。情報を入れたところで、結局個人個人が細心の注意を払って手洗いうがいや睡眠をとることしかできないでしょう。毎日の暮らしでいっぱいいっぱいの人を混乱させてどうする」

「ヒーン、だってぇ」

「そんなに心配なら今日は一日家に居なさい。人混みの中に出ていくことはない」

「ヒーン、マスクして手洗いうがいするもん」

「息子、それ、誰よりも入念にやる人じゃない。声を聞きたいなら、特に用はないけど元気でやってるかって電話すればいいでしょ。」

うるせえなあ、親父、そんなに俺が恋しいのかよってふんぞり返り、でも満更でもなく、偉そうに会話するのが目に浮かぶ。

そのほうがきっと彼のパワーになる。