ビビる

「あ、そうそう、史子さん、コロナだって」

たった今、母の家から用事をすませ戻ったばかりのところを追いかけやってきて、そう言った。

史子さんは母の友人でつい3日前、五島列島の旅に一緒に帰ってきた。その間、バスも飛行機も列車も隣同士、部屋も二人同室だった。

え。っと一瞬身構える。

しかし母本人はケロッとしている。

「あの人コロナワクチン、5回でやめちゃったから。よかったわぁ、私、6回打ってるから大丈夫」

「あら、しばらく3、4日はそれでもそちらに出入り遠慮するわ。薄情ですが。」

もし発症したら差し入れするから言ってねというと「大丈夫ヨォ」と帰って行った。

扉の向こうに姿が消えると速攻、手洗いうがいをする。

万が一ということがある。発症していなくても保菌しているってこともあり得る。

基礎疾患があるくせに私は3回までしかワクチンを接種していない。

毎回予防接種のたびに激しく体調を崩すので担当医からも相性がよくないようだからやめておいてもいいのではと言われた。鬼の首をとったようにそれを言い訳にそれ以降打っていない。

型も変わっているだろうし、もう効果もほぼ薄れているだろうと思うと、穏やかでない。

勝手に母を保菌者として警戒する。

しかし彼女の方ではそうでもないようで、その後も何度もやってきては長々と話をしていく。

 

植木屋さんが来るけど、その日私体操だから家にいてね

わかったわかった、大丈夫。お茶もお3時もやっておく

さっさと帰ってもらいたいものだからなんでも引き受ける。

それでね。これ、手紙書いたから渡しておいて。

そこには、所要があり留守にしますが何かございましたら娘方にお声かけくださいとあった。

こんなの、当日私が植木屋さんに直接言うから要らないのに。

しかし今ここでそんなことを言えば「そういうもんじゃないでしょ」となってしまう。すると話の長い保菌者は更にここに居続けることになる。

わかった。確かに、とその手紙を預かった。

それからも何度とやってくる。ら、LINEでいいいんでないの?と喉まで出かかるがそんなこと言おうものならぷっと膨れてえらいことになる。

それも恐ろしい。

コロナに罹患するか、母の機嫌を損ねるか。

悩ましい。