「今度の木曜日、私は飲み会です。」
土曜の夕飯、家族三人揃ったところで業務連絡っぽく伝えた。
いよいよだ。あえて意識しないようにしていたが、大学時代のアルバイト仲間四人が集まる日が近づいている。
いや、意識しないなんて嘘。目一杯してる。ここ最近、ずっとそのことが頭の隅っこに鎮座している。
引きこもってもう何年。一人きりでなら、どこにでも行ける。体力のことを別にすれば。家族と親しい友人とは短い時間でなら一緒に行動することも会話もできる。しかし相変わらずママ友の同窓会も、習い事も、旅行も、できない。
他者といるとどうしても自分と向き合う。勝手に自分と照らし合わせ落ち込む。
自分一人でいる時のあの安らぎの中から出ていくのを怖がる。
勝手になのだ。誰に何を言われることがなくても、勝手にそれは怒る。この思考癖をどうにかしたい。
気がつくと自分を恥ずべき存在だとしてしまう。最近になって「そんなにダメでもないかもしれない」と浮かぶ瞬間も出てきたが、まだ弱い。些細な刺激ですぐブレブレになり、薙ぎ倒される。
全部自分の頭の中の思考で、外界はそれを呼び起こす刺激なのだということもわかっている。
でも、どうしても自分は見た目が悪いと、野暮ったく変わり者だと、なんの取り柄もないと、そこに強く意識がいく。
このアルバイト仲間の集まりも本当は乗り気ではなかった。
「私たちを信じて」
そう、その中の一人、ほぼ親友の彼女が言った。
本当にそう。彼らは違う。あの暖かい空気感。彼らは今でも変わらず暖かいだろう。
ここを乗り越えられたら、何かが開けるかもしれない。
それで行く決心をした。
しかし怖いものは怖いのだ。飛ぶぞと決めているバンジージャンプの崖の上に突っ立っている気分。
信じているけれど、疑っていないけれど、恐怖心は消えない。
「誰と飲むの」
息子が聞いた。
「昔、大学生の時に一緒にバイトしてた仲良し四人組。でもさあ、懐かしくて行ってみたいなあと思うものの、この容姿がさあ。その中の一人はお母さんのこと好きだって告白してくれた子なんだよ。その子がお母さんに会いたいって言っているっていうの聞くとさ。腰が引けるわけよ。こんなやつれて、目は窪んで、こんなとこに線が入って、ギョッとするだろうなあって」
私は自分のくっきり模様のように入っているほうれい線のところを両方の人差し指で包むようにして照れ笑いをした。
「そんなこと言う連中だったら碌な奴じゃない」
「わかってる。そんな人たちじゃないんだよ。でもさ、昔の印象を頭に浮かべてパッとこの顔を見たらギョッとするだろうなあって。その表情に自分で落ち混むんじゃないかって怖いんだよぉ」
「そんなことで顔に出すような奴とは付き合う必要ない。」
「うん、ミリちゃんも私たちを信じてって言ってくれてるんだけどさ」
すると息子が眉間の皺をパッと消した。
「なんだミリちゃんの企画か。ミリちゃんも来るんだな。それなら大丈夫、ミリちゃんがいるなら大丈夫だ」
私が外出していく唯一の友人であることを息子は知っている。
その仲間なら大丈夫だと言う。
「そんなことで何か言う連中だったら碌なもんじゃない。」
もう一度息子は言った。夫は知らんふりでテレビを見ている。
きっと気にも留めるほどでもない、どうでもいいことだと流しているのだ。
どうでもいいことだと流すのは、夫がすでに私より私を丸ごと受け入れているから、論ずるほどのことでもないという現れなのかもしれない。
背中をぐいっと押された。帰る場所はここにある。何を怖がっているんだ。命まで持って行かれるわけじゃなし。
覚悟と勇気。今度は逃げない。