母の家の縁側にカマキリが来た。
「あら、どうしたの どっからきたの そうだ写真撮ってあげる」
私がスマホを向けるその横で「やだまた来た」と母が言う。
先日二階の廊下にいるのをみつけ、さすがに殺すのはと、勇気を振り絞って硬い紙ですくい上げベランダから下に投げたそうだ。
「もうやだまた来た」
母は虫は嫌い。てんとう虫ならかわいいから好き。蝉もカナブンも蝶々もトンボも嫌い。気持ち悪いから。
動物はふわふわした毛が生えているものなら可愛いと認定する。当然爬虫類の皆様にはまことに失礼な反応を示す。子供の頃の動物園でワニを見ようとすると腕を引っ張られた。なまけもものという檻の前では「トンだ」と指差して笑った。
犬も猫も毛の短いものは嫌われる。アメリカンショートヘアもダックスフンドも「なんであんなの選んだのかしら」と大真面目に呟く。
それからそれから。
肌の色の強い人や障害のある人のことも、怖いと思っている。
そしてかわいそうな人だと本気でいい、白人で生まれてきた人は恵まれているとこれまた本気で言う。
母を悪人と思わないで欲しい。
そう感じるのだ。彼女は。どうしてもそう反応するのだ。
縁側でレンズを向けられたカマキリはなにかを感じたかのようにふっと、こちらを向いた。
すっとぼけた表情で「え、何スカ?」というように。
別に私が善人なわけでもない。ただ、そう感じたのだ。
筋力のない私は、あのずば抜けた音感で踊る黒人の人たちを「やっぱちがうなあ」と思う。
お尻がきゅっと上がった感じもいいなあと眺める。
でもそれも私に黒人の知り合いがいたからかもしれない。
犬も猫も、ただ、仲間だと思う。カラスも鳩もアリンコも。
なのに、ある国の人はずるくて図々しくてやな感じ!と友達も知り合いもその国に行ったこともないのに好きになれない。
そう感じちゃうのだ。
母が私の痩せ細った顔を「猿みたい」と嘆いたことがある。
「もっとかわいく産んだのに」
あれも、そう感じちゃったのだろうな。
そしてそれを口にしちゃったのは油断と甘えで、そんなに深く考えての発言じゃなかったのかもしれない。
人がどう思うとかどう感じるなんてこちらからはどうすることもできない。
でも。
どうしてそこに話がつながるのか自分でもよくわからないけど。
頭に来たから殺してやりたい。
国の領土を広くして自分の名声を残したい。
だまして盗み取ってやれ。
こうすればうまくだませる。
そんなこと、感じてしまうのは、感性とかの問題じゃないように思う。
そこに至るまでのなにかがもつれて、こじれて、膿んで。
それをどうでもいいことだと、それほど悪いことでもないように感じてしまうほど麻痺する根っこがどこかから始まっている。
それはなにか。
なにがそっちにいかせたのだろう。
母は私のことをなんだかんだと揶揄い、八つ当たりもしてくるけれど、カマキリのようにポイっとはしなかった。ちゃんと育ててくれた。
あの人はある意味、困ったほどの純粋な人なのだなあと最近、思う。