私の推し

まったくもって、くだらないと笑われそうな話なんだけど、書く。

アルバイトの仲間に会う日が近づいてくると、「なんとかなる」とざっくり捉えていたのが次第に「本当にだいじょうぶだろうか」とのしかかってくる。

私はなにを心配しているのだろう。

まず体力。夜の外出はもう何年もしていない。夜に始まるということは夜遅くに終わるということ。普段、9時就寝の私に対応できるだろうか。

それから、やはり、自分のすっかり変わった外見の印象。優しい人たちだと信じているけど、やっぱりびっくりした反応をするだろう。そこに私自身が勝手に傷つかないか。

夜の外出に関しては最悪、途中で失礼しよう。わがままをしよう。

外見、外見、外見。

若い時の自分より今の自分の内面のほうが好きだ。

強く、愛情深くなれた。穏やかな感情がいつも自分のそばにある。

夫ともここ最近になって、うまくいえないけれど、深いところまで通じ合えている感覚がある。

私が手放したのは若くてちょっとちやほやされた外見。

手に入れたのは深く充実した内面。

どっちもよこせというのは厚かましい。

夫にちやほやして貰えばいいじゃないか。

いや、ちがう。

もう、こうなったら私が。私、自らが、今のシワのある、摂食障害を抱えつつなんとか頑張っている、一生懸命生きているこの子をどこまでもどこまでも可愛いよと、言ってあげよう。

私の推しは私。

一番のファンでいちばんの理解者でいちばん私を愛する人がいつもいてくれるってことでしょ。

私はそうする。

なにをしても、非難されても、私は私を「いい、いい、それでいいんだよ」と頭をなでて抱きしめる。