偶然の食卓

息子が6時過ぎに帰宅した。

映画の試写会に行ってそのまま直帰するとは聞いていたがやけに早い。もしかしたらどこか寄り道してくるとホクホクしていたからすっかり8時9時まで遊んでくるものだと思っていた。

「ただいま」

私はトイレにいた。トイレでがんばっているところだった。

「おかえり・・・」

なかなか出て行けない。おかえりと出した声もなんだか決まり悪かったので短く低音だった。

「どした?具合悪いのか?」

「ちがーう。お取り込み中なだけ、大丈夫〜」

夫がこう声をかけてきたなら「うるさいっ、トイレに入っているときに声かけないでっ」と怒鳴るのに息子にだと私は優しい。あちらが私の様子を気遣うからこっちも気遣う。

夫は気遣わないからこっちも何くそと少しは気遣えよっとなるのだ。

どっちも私。

息子は試写の作品が暗い内容でラストも救いのない悲劇だったのにすっかりやられ、寄り道をする気にもなれなかったそうだ。

「あんまりどんより引きずったから駅前の本屋で二時間立ち読みしてきた」

母親が精神的に弱り死んでしまう話だった。

それで帰宅してみたら母が暗い声でトイレに。

 

中学一年の春、ある日突然、目の前で私が倒れ、大丈夫だからねと残し救急車に乗せられて行ってしまった。そしてその晩、病院で「今夜明日がヤマです」と聞かされ「お母さんは死ぬんだ」と思ったと言う。彼にはそのトラウマがある。

私の責任だ。そのことがあるから彼の前ではできるだけ陽気に元気にしていようとつい、してしまう。

昨日もそうだった。そうか、それでトイレに向かって「具合が悪いの」と言ってきたのだな。

キュンとする。ごめん。

「それでさ、全部見終わったあと、製作側がいかがだったでしょう、忌憚のないご意見をお聞かせくださいとか言うんだよ。なんて答えればいいんだよ」

男性より女性の方に高評価の反応をする人が多かったそうだ。男性陣は新人も部長も、ただただ「怖かったよなあ」と言い合っていた。

「どうだったでしょうって言ったってもう作っちゃったんでしょう。」

「だけどそう言うんだってそういう場では」

アンケートになんて書いたのかは聞かなかった。

テレビではディズニーランドの特集をしていた。

「やっぱこれだよなあ」

「うん。綺麗で可愛くて楽しくてハッピーエンド」

「あっちも芸術だろうけど、どうしてこういうのを馬鹿にするんだろう。これこそエンタメなのに」

その横で息子の帰宅を聞きつけ仕事を切り上げ食卓についた夫が、首を前に出し、のめり込んでいる。

50を過ぎたぎたおじさんまでも引き込まれる圧倒的な世界観。これも、本物。

その二人のそばで私はきゅっと口角を上げ、恥じらいながら、でも元気いっぱいに踊るミニーちゃんを見て女性として尊敬するのだった。

ミニーってすごいよなあ。。。

三人の脳内は同じ空間にいながらそれぞれ違う宇宙を彷徨う。

平日に 揃って夕飯。秋の夜。