朝、目が覚めると起き上がれない。
どこも痛くないが、上半身が鉛のように重くて自力で起こせない。7匹のこやぎのオオカミももこんな感じだったのかなあ。
子ヤギたちを食べちゃって、お母さんヤギがお腹から子供達を取り出した代わりに石を詰め込んだんじゃなかったっけ。
私のお腹が鉛のようだろうがなんだろうが今日は月曜日。ゴミ収集日だ。夫は寝息を立てている。ちょっと起きて。起き上がれない。ゴミ、やって。そう呼び掛ければやってくれるだろうが、起きてくれるまでにものすごく時間がかかる。
私が一番具合が悪い時、夜中に何度も吐いたり呻いたりしても目を覚さなかった。眠りが深い。
その深い眠りから起きてもらうのにも相当の体力がいる。
身体をクルンと横に寝返り、枕を軸に起き上がる。
起きてしまえば、どうってことなかった。
ゴミを出す。この雨。集取車のおじさんたちは雨だろうとしんどかろうと、強風だろうと寒かろうと、定刻にやってくる。
ありがたいよなあ。
私は今日も休もう。ラジオ体操も。散歩も。
寒い。夏物の寝巻きに羽毛布団じゃダメだな。
朝の薬を飲む。頭がぼんやりしていて、どれを器に入れたか分からなくて、何度も数え直す。何種類もあるのだ。
洗濯機を回し、野菜室から大根を取り出す。
ザク、ザク、ザク。
太く。皮をむいて十字を入れて。鍋に入れて水から火をつけた。おでん。
昨日やるつもりだったが、昨日はそれすらもできなかった。
この寒さにちょうどよかった。今日は作れる。大根さえやってしまえばこっちのものだ。
おでんは夫の好物で、夏でも作る。一度、良かれと思って冷えたおでんを出したら、どんなに暑い日でもおでんは熱々がいいと温め直した。母と早くに別れた彼は料理ができない。彼にとっておでんは、駅前の屋台のおじさんとの思い出の味なのだ。
そして、ものすごく手の込んだご馳走だと信じている。
大根はレンジで下茹でをするとあっという間にできる。
けれど今朝は寒い。
湯気が欲しかった。大根を自ら茹でているだけなのに、なぜか『ちゃんと暮らしている私』という気分になる。
寝ている男たちを放っておいて、一人、朝ごはん。
食欲がなく、準備もしんどくて、サラダとビスケットとゼリー。寒いくせに冷たいゼリーが喉にするんと通過していくのが心地いい。でももう、終わりだな。やっぱり冷えた。
そこから徹底して横になる。
ホットカーペットをつけてしまう。
ヒートテックの上下を着るのも躊躇したが、つけてしまう。
本を読み、ドラマを見て、目を閉じて、また本を開き、時々ノートにあれこれ書いて、また横になって本を読む。
大根の茹でているあの独特の香りがしてきた。秋の始まりだなあ。
目を閉じていてハッとする。時刻は10時半。ゴミバケツを引っ込めないと。
雨は強く本降りになっている。せっかくあったまったのに。
ずぶ濡れでゴミをトラックに放り込んでいるおじさん達の姿が浮かぶ。ほんの数メートル出るのを億劫がっちゃなあ。
よいしょっと。起き上がり、傘を差して取り込んだ。
また、転がる。
ひたすら転がっていると夫が起きてきた。
「おはよう。カレー、あっためて。食べて。」
彼は食べると昼過ぎ、出かけて行った。
息子も起きてきた。
「カレー、残り、全部食べちゃって」
サツマイモを蒸した。母のところの仏壇に持っていく。母と少し話す。機嫌がよかった。
立ち上がったついでにおでんを仕込み、練り物も入れてしまう。
ウィンナーも入れる。これは息子の好物。
いつもはおでんに何かちょっとつける。魚だったり、甘い卵焼きだったり。ニンジンの天ぷらだったり。
今日はダメ。もう鍋ごとでんと出そう。
また、ホットカーペットに吸い込まれる。
夕方帰宅した夫は台所からの匂いにすぐ反応した。
「おでん?おでん?」
「そだよ」
小躍りして「シャワー浴びちゃっていい?」と喜んでいる。
「湯船にお湯張って入ればいいのに。」
「いいの、さっと入っちゃう。」
あなたは良くても私は・・・。
まあいいや。
それから夫もうたた寝をしていた。テレビをつけて、夕飯。
息子は二度寝をしたようで夜になっても起きてこない。
久しぶりに二人の食卓。
「わーい、美味しい。ありがとね」
「結局この連休、なにもしなかったな」
「したよ、少し、英語の勉強」
「そうじゃない、トンさんへのサービス。なーんも、してない。私のおやつの小枝を全部食べちゃっただけじゃないか」
「ごめーん」
「どんなに蔑ろにされようと、夫の好物のおでんを作る私。やっさしいなあ」
「ほんと、優しいねえ」
「できた妻だよなあ」
「ほんとだねぇ」
二度目のほんとだねえ、は目がテレビに向いていた。
湯気とおでんとテレビとビール。
馬鹿な会話。
1日の終わりが良ければ全てよし。いい1日だった気分になった。