彼女と会ったその晩、眠れなかった。大抵、そうは言っても数時間はうとうとしていることが多いのだが、あの夜はまさに一睡もできなかった。頭の中のどこかが覚醒して常に動いて休まらないのだ。
話している中、母の話になると一つ一つのエピソードに彼女が驚く。あまり深刻にならない軽いものを選んだはずが、いちいちそれにびっくりされる。
子供の頃のこと、大学の頃、大人になってからのこと。
どうやら私が思っている以上に母は強烈なのだ。
「自分の子供をダメだとか恥ずかしいとか、みっともないとか普通、言わないよ。感情が昂ぶったはずみでってことはあるかもしれないけど。そんな日常的にってのは」
それを暴言だと呼ぶのなら、言うほうも言われる方も、それを見ている姉も、それが当たり前の中に今もいる。その空気感に反抗した時もあった。しかしおかしいと感じる自分の被害妄想だと笑われた。そうか。と自分を恥じた。未熟で卑屈な心の自分。
距離をおこうとすると、実の親と姉をどこか心の奥底で裏切っているような罪悪感がついてまわる。
憎んでいるのではない。やはり恨めない。
感謝もしている。守ってやりたいとも思う。なのに、一定のスペースを保たないと苦しい。
「それ、当たり前だよ。私だって年に一度会う兄でも、息苦しくて早く帰ろうと心に決めて家を出るよ。」
被害者ではないと思う。やっぱり私の反応の仕方が、もう少し違ったらと思う。
だが、彼女と話しているうちに「こうなるのも無理はないことだったんだなあ」と、まるで誰かの話のように自分を見つめる。
脱力感と安心感。
ひとつ、驚いたことがあった。
私が倒れたと知った彼女が母のところに電話をして病室を教えてくださいと言ったことがあったそうだ。
「家では怖いけど、外では可愛いらしい人だから」と私が言った時だった。
「いやいやいや、怖かったよ、すごく怖かった。教えられません、もう電話もしてこないでくださいって」
とその話をしてくれた。
全く知らなかった。彼女も聞いてないのと、目を開き、二人で顔を見合わせる。
「〇〇ちゃんは来たよ。お母さんに部屋を教えてもらったって」
「私はダメだったんだ」
彼女が笑う。私も笑う。
「そういうことだったか」
「そういうこと」
やられたねえ。ここでわかってよかったねえ。
そんな痩せた身体で人様の前に行ってはいけません。誰にも生まれつきの持病のことも摂食障害になったことも言ってはダメよ。カウンセリング受けてたことがあるなんて人に知られてはいけません。
そんなのもう知らない。
言っちゃったもんね。扉を開けてしまった。外に向かう。これから。少しづつ。
私は見えない何かを妄想してそれを恐れて縮こまっているのかもしれない。
外の世界は私の思うほど怖いところじゃないのかもしれない。
もっと優しく愛のあるところなのかもしれない。
そんなふうにチラッチラッと思いつく。
その瞬間の私が、ここにしがみつこうとする私をツンツンとつっつく。