小さな旅

もしかしたら今日かも・・という思いを抱いていた。

体調もいい。天気も異常に暑くはならなそう。夕飯の作り置きもある。姉が休みで家にいるから母の夕飯の差し入れもしなくて大丈夫。

今日かも。

ずっと気になっていた神社があった。パワースポットでもなんでもない小さな神社がなぜそんなに引っかかるのか。たまたまそれが神社だったから無視するのは神様を無視するようで余計気になる。

行き方を調べると厄介だった。バスを乗り継いで一時間。電車とバスだと一時間20分。

半径1キロで生活し、2つむこうの駅の図書館まで行けば大冒険の私にとってこれは日帰り旅だ。

それもぐずぐずしている要因だった。

タクシー料金も調べた。20分で3900円。

朝、ラジオ体操の帰り、こっそりコンビニにより、お金をおろす。確信犯で1万円を両替で1000円札にした。

生協さんから荷物を受け取り、母のところにも届ける。母が呑気にどうでもいい話をあれこれしてくるがもう上の空だった。

家に戻ると12時15分。

事前にインストールしていたタクシーアプリで配車依頼をする。これも練習済みだ。ドキドキして何度も何度も取り消すが最後、エイっとボタンを押した。

さあ、いくぞ。そのまま家を飛び出した。

家から数歩いったその先に車はすぐきた。

静かな品のいいおじいさんが運転手だった。もう、このおじいさんが仙人や神様の使いのように思えてしまう。

よかった。許されている。

タクシーを呼んだ後ろめたさが消え、ワクワクしてきた。

車内ではずっと外を見ていた。

何も考えず、家の近くから次第に隣町、そしてその先と商店街、住宅街を抜けていく。みんなが普通の金曜の昼下がりの生活をしている中、そこを抜けだし自分だけがよそ者になっていく。心が安らぐのを感じる。

もっと興奮するかと思ったが不思議と安らいでいた。

この物静かでラジオもつけず話しかけてもこない運転手さんが、私を安心し切っていい気分にさせたのかもしれない。

「ここかな」

着いた。

「帰るときはあそこに見えるビルの向こうにJRの駅があるから。そこにいくとタクシー乗り場があるよ」

お礼を言って車を降りるとさーっと柔らかい風が吹く。

柔らかい乾いた、優しい風が迎えてくれているようで懐かしさのようなものを感じていた。

鳥居を頭を下げてくぐり、手水で手と口を清める。

誰もいない。

「来ました」

ついそう言っていた。

その空間が初めてのところなのに自分の場所だと強く思うのだった。

お参りを済ませ、どこによるでもなく、言われた通り大きなビルを目指す。

ビルの下にベンチが並び昼下がりの休み時間を寛ぐ人がコーヒーを飲んでいた。

そこに腰掛け持ってきた本を広げた。

また風が吹く。これはビル風。

秋の午後の暑くもなく寒くもなく。人々は活動している。

平和で忙しい知らない街の日常にすぽっと隠れてそこでしばらく過ごした。

満ち足りていく。

風が頭を撫でてくれる。

一人旅にも憧れるけど、こういうところから練習しよう。

こんな解放感なんだな。

夫の気持ちもなんだかわかるような気がした。

さて、と立ち上がる。

駅に向かって歩く。山手線が走っている。

わざわざ久しぶりに切符を買った。JRの切符。旅行のようだ。

電車の窓から恵比寿、渋谷が見えてきた。

ああ、帰ってきたな。また日常が始まる。

ほんの瞬間の一人旅だった。

チャージされた。ささくれだってこんがらがっていた何かが解けていた。