寝ていると、足元に人の気配を感じる。
「・・なに」
「おはよ。ちょっと下でテレビ観てくる」
ああそうか。ラグビー。日本代表。
時計を見ると3時だった。
「4時じゃないの?」
「うん、目が覚めちゃった」
暗闇でも声からウッキウッキしているのがわかる。
「ああそう」
「行ってくるね」
だから行ってくるねって。これから海外遠征に行くかのように。
「トンさんは寝てなさい」
起こしたのはそっちだろう。
まったく。話しておいて欲しいことこそ話さないでどうでも良いことはいちいち言ってくる。
トイレ行ってきます。
クリニック行ってきます。
まだちょっと二階で仕事頑張ります。
あーあ、あーあ、ヤンなっちゃうな。
洗濯物取り込んどきました。
今日、会社で講師頼まれちゃった。
資料が全然終わらないよー。どうしよー。
お風呂出ましたー。
夜中の3時、暗闇で「起きちゃった。ちょっと観てくる」
遠足前夜の子供か。
この軽やかさ。
こうやって並べると、ぺろっと嘘ついて遠いところに行ってお寿司を食べて、事故を起こしてどうしよどうしよと電話をしてきた上ずった声も、笑えてくる。
そういや私が今まさに産まれてこようとしているのを感じて先生を呼ぶようにと頼んだら「なんて言えばいいの」と聞いてきたんだった。
苦しみながら「産まれますっていうんだよっ」と怒鳴った。
ズズッズズッっと息子が降りてきて出口間際にいるのがわかる。
部屋を出ていく彼に「もうすぐだよ」とまた大声で叫んだ。
当然、廊下で待っていると思いきや先生が探しても新米パパはいない。産まれたばかりの息子を抱かせてあげようとしてくれたがその後の処置があるので居合わせた母が抱いて保育器に戻された。
「だってお義母さんが『本人がそう言っててもまだまだこれから数時間かかるわよ』っていうから。体力つけないとって思って天丼食べてた」
・・・そうだったそうだった。
今まさに、産む瞬間だと教えてあげたのに、夫が体力つけてどうする。
可愛いやっちゃ。
本当は私がそのポジションが欲しかった。
ドタバタドタバタ不器用に生きる私を
「おもろいやっちゃなあ」と笑ってくれる旦那。
そういうのが良いなあと憧れていた。
結婚は人の意外な性質を浮き彫りにする。
今でも時々、誰かにいい子いい子と笑いながら頭をポンポンとしてもらいたくなるときがある。
そんな時、隠れてそっと自分の頭をぽんぽんしてみるのだ。