夜中、薄掛け布団を蹴っ飛ばしていたのか、そっと身体に乗っかった。夫がかけ直してくれているのだ。
「あ、ありがと」
「寒くなってきたから。風邪ひくよ」
それからトイレに行きたいのに気がついた。
しばらく我慢していた。せっかく掛け直してもらったのを剥ぎ、立ち上がるのはなんだかこの流れでは見送った方がいいような気がしたが、行きたいものは行きたい。
立ち上がり数歩歩くと今度は夫が声をかけてきた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、大丈夫」
私はトイレの扉を開ける。
これ。だからなんだというような普通のやり取りかもしれないが、私個人にとってはちょっとした変化の時だった。
布団をかけ直してもらったのに気がついてありがとうなんて、これまでだったら言わない。
照れくさいから黙ってそのままにしてやり過ごす。
もしくはもっと可愛げなく、途中から布団を取り返し自分でやる。黙って。
なんで「あ、ありがと」などと口から出たのか。
寝ぼけながら、言わないとな、と感じた。そんな気がする。
そしてそんな風な対応だったから「ごめん起こしちゃった」などと夫もさらりと口にしてきたのかもしれない。
普段の彼がそんな繊細な発言をしたのを聞いたことがない。
おじいさん、ありがとう。
いやいや、婆さんこそ。
そんな二人になりたいのならボチボチ照れくさいとかからシフトチェンジするころだなあ。
明日から昼の素面でも、すました顔で「ありがとう」を連発しよう。
自分を好きでいるために。
一回やっちゃうと案外、抵抗も照れもどうでも良くなる。