夫はまた、飲んできたようで食事を家で食べなかった。
きっと昼も抜いて仕事して、夕方あたりから空腹を感じつつ、仕事続けて、やっとキリがついたのが夜の9時か10時か。
張り詰めたものが緩んだらお腹が空いてすぐに食べたい。一杯やって自分を労いたい。
今日のあったあれこれ、言われたあれこれ、納得いかないあれこれ、やらなくちゃならないあれこれ。
全部酔って、美味しいもの食べて発散したい。
そりゃそうだろうなあ。
それから電車に揺られて家に帰ってから食べるなんて、やだろうなあ。
私でもそうする、そうしたくなる。
最近、夫の食事はタッパーにお弁当のようにおかずを詰めておいておく。
ご飯茶碗と汁物のお椀とこのタッパーをお盆に乗せるのだ。
皿ではなくプラスチックの容器で用意することに初めは抵抗があった。
味気ない。
しかしそんなことを気にしているのは私だけで夫は食べるものがあれば、それでいいのだ。
好きなおかずが置いてあれば嬉しい。それだけなのだ。
急に飲んできた時はそのタッパーごと、冷蔵庫にしまわれる。
私は自分がなんで彼が飲んでくるのが嫌だったのかと考えると、どうも自分があれこれ用意した皿の一つ一つにラップがかけられ、冷蔵庫にずらっと並んだのを見るのが嫌だったのだ。
このお皿と、これはバランス悪いか。このバランスの献立で満足するか、無意識のうちにお盆の上に自分の世界観を広げていた。
それを全部、雑に戻されたのを朝見るとガックリする。
一生懸命作った積み木のお城を無造作にポンっと蹴飛ばされたような、そんな悲しさ。
そんなの夫にしてみれば、知ったことではないのだ。
今、彼の頭は仕事の段取りとかそっちで多分いっぱいなのだ。
きっとそこに妻のご機嫌取りが加わるとめんどくさいだけなのかもしれない。
ちっとも嬉しくない、お盆にちまちまお皿が乗っていようがなんだろうが。
平日は割り切った。お弁当箱のように詰めるのもそれはそれで楽しい。
今朝、やっぱりタッパーは手付かずに冷蔵庫に戻っていた。
お皿にラップよりダメージが明らかに少ない。
しばらくこれでやってみよう。
タッパーから小分けしたおかずを二つ、取り出して夫の皿に乗せる。これに納豆とお味噌汁でいいや。
平和ってこうやって作るんだわ。