昼過ぎに起きてきた息子は洋服をリサイクルに出す整理を始めた。
「これ、一回しか着てないけど毛糸が抜けて下のシャツやコートに青いのがびっしり着くんだよね」
綺麗な青いセーターをぶら下げてわざわざ言いにきた。
後ろめたいのだ。
「どうせ置いといても着なくて古くなってくんならさっさと売ればいいじゃん」
「ほぼ新品なんだよな」
「これから秋になるから新品に近いものを誰かが喜んで着るよ」
それでも迷っているので
「買い物の失敗は誰でもやる。私もたくさんした。そうやって経験を積んで自分のストライクゾーンを知るんだよ。捨てるわけじゃない。」
そう言われてやっと気が楽になったようだった。
「すまん」
服に謝っていた。
そう言えば幼稚園から小学生になる頃、初めて買ってもらった自転車を姉の職場のお子さんに譲る時、自転車に「今までありがとう」とおじきをした。
そして手紙を書いた。相手のお子さんに向けて
「この自転車は僕をずっと乗せてくれました。これからは君のところで大事にしてあげてください」
自分には新しい自転車が既に届いていた。その抑えきれない弾む気持ちが古い自転車に悪いと思ったのかもしれない。
もらった坊やはどう感じたろう。
その子にとって初めての自転車だったとしたら重いメッセージで負担だったかもしれない。親御さんが読んで本人には見せなかったかもしれない。
洋服をダンボールに詰め、宅配の手配を済ませると、今度は買ったばかりの自分専用のアイロンでワイシャツのシワを伸ばし始めた。
やらないで放っておくものだ。シワがあるというだけで着なくなっている服が多いことが気になっていたがもう大人だし、アイロンがけは嫌いなので洗濯が終わってハンガーに吊るしたままにしていたらとうとう、自分でやり始めた。
一枚、二枚、持ち前の几帳面さと器用さで私より遥かに美しく仕上げる。5枚目あたりになってくるとだんだん疲れて面倒になってきたのか雑になってきた。
「ここを引っ張って、袖の線をつけるといいよ。袖と襟と胸のあたりとカフスのとこがパリッとしてたら、お、アイロンかけたなって印象になるから」
「おお、なるほど」
これから冬になると襟だけでよくなるというのはもう少ししてから教えてやろう。
幼稚園年少の明日が初めての運動会という日の夜、ベッドに寝かしつけた息子が眠れないと起きてきた。
徒競走のスタートのピストルの音が怖くてどうしても遅れて走り出すからビリになる、情けなさそうな顔をして話す。
それなら今練習しよう。
息子の部屋の明かりをつけて私が「位置について」と右手を上げる。
「あれはだいたいタイミングが決まっているから、音が鳴るのを待たないでいいんだよ。位置についてって言われたらイチ、ニ、サンって頭の中で数えて飛び出せばちょうどいいんだよ」
それから何度も何度も二人でスタートの練習を狭い部屋の中で繰り返した。
だんだん要領が掴めてくると表情も明るくなってくる。
寝る前に何度も小走りして興奮した息子を布団に入れ、もう大丈夫だねと聞くと「うん」と言ってすとんと眠った。
翌日、一等だった。
アイロンの小技を教えたほんの数分。夫は昨夜録画したラグビーワールドカップの試合を観ている夕方。三人揃ってリビングにいる空間。
こんな日曜。きっと数年後に思い出す。
息子が幼稚園の頃のことをなぜか急に今、思い出すように。