トイレに篭っていたところに電話が鳴った。無視しようかと思ったが人としてどうなのかと自分に言い聞かせ、立ち上がる。
もう。
姉だった。
出てよかった。
「今、お母さんから電話あったんだけど、何にも言わなくて。そっちにいる?」
「きてないよ」
「そう。なんか変な機械音だけ鳴ってて声しないんだよね」
ペースメーカーなどは付けていないが、ガス漏れを知らせる音ということもある。
「気失って倒れてるなんてことないと思うけど見てくるよ」
「よろしく。なんでもなかったらライン送ってくれるだけでいいから」
「了解」
隣の家に行ってみると母はちゃんといた。椅子に腰掛け、iPhoneを両手に持って背をかがめ、文字を打ち込んでいるところだった。
確かにピーピーとどこかで鳴っている。
音の方に行ってみると、冷蔵庫だった。きちんとしまっていなくて知らせているのだった。
パタンと強く閉めると音は止んだ。
「具合、悪いの?」
「え?悪くない。ちょっと今、メールしてるの」
眉間に皺を寄せ、邪魔するなとこちらを睨む。
「お姉さんに電話した?」
「してない。今、お姉さんにメールしてるのよ。水槽が」
「お姉さんが機械音がして喋らない電話がかかってきたって心配して私のところにかけてきたよ」
「え?してない、機械音聞こえたって?今、・・あら、止んだわ、今、ピーピーずっと鳴ってて、お姉さんの水槽が故障してるみたいでどうしたらいいかってメールを・・・」
画面はメールではなかった。ラインだった。ラインのメッセージを送るつもりが何か押し間違えたらしく、ライン電話が作動し姉につながったのだ。
本人はそんなこととは知らずに一心不乱、文字を打ち込んでいたから当然話さない。姉の方では耳を凝らすと冷蔵庫のピー、ピーだけが聞こえてくる。
何事だと妹に電話をしたのだった。
水槽には姉が大事にしている小さな魚が二匹泳いでいる。
「あの人の唯一の家族だから」
母は結婚していない姉がこの魚にかける愛情を複雑な思いで見ているのだった。
その水槽がピーピー言い出した、大変、お姉さんに連絡しないとっと、軽くパニックになっていたのだ。
「じゃあその今開いてるラインで何事もなかったってお母さんから連絡してくれる?」
「いや、あなたから言ってよ」
「了解」
家に戻り一部始終を姉に送信した。仕事中だから返事は来ないだろうと思っていたが気にしていたようですぐに戻ってきた。
「ご苦労」
「ういっす」
冷蔵庫の音を大真面目に水槽の異常を知らせる警報音と思い込んで姉に連絡をしようとしていた。
我が親ながらかわいい。
これからこういうこと増えるんだろうな。
生きててよかった。