突然のご機嫌さん

東京の台風は早朝が一番激しかったが、昼を過ぎると雨風ともに弱まってきた。

今は静かな秋の午後である。

ラジオで東京駅から中継していたリポーターが「やはり風は冷たく気温も下がっています。台風が秋を連れてきたようです」と描写していた。

秋を連れてきたという言葉がいいなと思った。

昨日の夕方、芝刈りをした。猛暑で放ったらかしにしていたら草原のようになってしまった。錆びついたバリカンではとても太刀打ちできず夫に買ってくれと頼んだ。

「いいですよ、すぐ買いましょう」

私の両親はこういった大きな買い物をするときはいつも父が一緒に家電量販店に行った。

そうでない時は父が自分で選んで決めた。

そうするものだと思っていた若い頃、私も夫の都合のいい日を待って店に行き、品を決めていたのだが、最近の彼はとにかく家にいない。

いたとしても寝てるかテレビを見ているかなので、どれにしようかなどという雰囲気でもない。

エアコンやガス給湯器だとすぐに動くが、芝刈り機は彼にとってはあってもなくてもどうでもいいものなので、興味もないのだ。

そもそも、芝刈りを自分の仕事と思っていないのだ。うちの男達は。

さっさとインターネットであれこれ調べ、高級すぎず、使い勝手が良く、軽いものを探して決めた。

最上機種はパワーもすごいが、10キロ以上あってとてもじゃないが私には扱えない。

母のところと自分のところの庭の間に細い花壇がある。そこを持ち上げてヨイショと跨いで移動するのだ。

気軽にスイスイ使えるものはないかと探しに探して見つけたのが、昨日届いたのだった。

今日はやらない。朝から軽い眩暈と足の少しのむくみがあって調子が良くない日だった。

だめ。今日はやっちゃダメ。

初めはそう心に誓う。

しかし、試したくて我慢できず、箱を開けた。

組み立てるだけ。庭に面した窓を開け、そこに腰掛けダンボールのテープをびーっと引っ張り箱を開く。蚊に刺されながらドライバーと格闘し、パイプの取手を取り付け出来上がった。

出来上がったらやってみたい。

ちょっとだけ。

やり始めたら、楽しくてたまらない。

思っていた以上に軽く動き、思っていた以上に勢いよく芝を刈っていく。

掃除機をかけているような感触でスイスイ進む。

体は疲れて休まなくてはならないのに、気持ちが弾んで止まらない。とうとう母の方までやってしまった。

雑に流しただけなので、もう一回、今度は芝の長さを短くセットして仕上げたらもっと綺麗になる。

そう思っていたところにパラパラと小雨が降り始めた。

もうやめとけ。

そう言われている気がして家に引っ込んだ。

偉い。なんだか知らないが偉い気がする。

シャワーを浴びて夕飯の支度をしていると夫からラインが入った。

「トンさん、飲み会が入った。ごめん、今日もご飯いりません」

あら。

ガーンとショックを受けている顔のスタンプを送り、続けてOKサインのスタンプを送る。

そうですかそうですか。そうなるとですね・・。

プシュッと缶ビールを開けて、一人のご飯。庭はスッキリ。気分もスッキリ。ほろ酔いご機嫌秋の夜。


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