波 その1

健診日だっった。

いつものように最近どうですかと聞かれ、安定していると思いますと答えた。

実際、このところ気持ちの方も体の方も波はそれなりにあるが、揺れ幅が小さくなってきた。

心境を詳しく話すと

「自己需要ができるようになってきたんですね」

と言われた。

そんな簡単なもんじゃないんだけどなと思ったが、ま、いいかと「ありがとうございます」と返す。

薬が一つ減った。

いいことのはずなのに、一瞬「え」と揺れる。ちいさな波ちゃぷん。

毎日飲んでいるものがひとつ減るということは安定が崩れることにつながらないかと不安を感じているのだ。

しかしプロがそう判断したのだからいいにきまってる。

「ありがとうございます」

それでですね。

先生がとてもとても優しい穏やかな表情でこちらを向き直った。

「私自身のことでなんですが。定年というか、この病院を今年度で去ることになりまして」

定年というには若い。おそらく、どこかの専門分野で教育者になるのだと瞬間、思った。

この前、若い医師が診察を見学しにきたのもその関係かもしれない。

先生には先生の人生がある。一生涯、お世話になることはどのみちできない。

いつかこんな日はくるのだと覚悟はしていた。

していたが。

ざっぶーん。

大きな波が突然やってきて私を包む。息ができない。海の中につれていかれた。

呆然としながらこれまでお世話になったこと、何度も救っていただいたことに礼を言った。

国立の大きな病院なので、こういうことは何年かおきにまわってくる。

その度にあたらしい先生との相性にびくびく怯えた。

しかし今度は、新しい病院を探さないとならない。どなたかに引き継いでいただくわけにいかないかとお願いしたが、私のような経過観察になって落ち着いている患者はできるだけ地域の診療所に割り振るように厚生労働省からの指示がでているそうだ。

放り出されたわけではない。

卒業なのだ。

もう、ここにくる必要はないですよ。あとは地域の先生に診てもらいながら過ごしなさいねということなのだ。

「入口受付の横に相談するところがありますから、そこで診療所を一緒に探してもらってください。これまでの経過をお手紙にしてカルテと一緒に渡せるようにしますから、安心してくださいね」

だだをこねるわけにもいかず、はい、と答え、落ち着いた風を装い診察室を出た。

ざっぷーん、ごぼごぼごぼ。

大きな波にくるまれて息が苦しい。

呆然とする。

呆然としててもはじまらない。

会計をすませ、相談センターでいくつかリストアップしてもらう。

そのまま図書館に向かった。借りていた本を返し、パソコンでそれぞれの病院の様子をしらべた。先生の顔写真、口コミ、どれもふわふわした情報だがそれが頼りだ。

5つ、もらった資料のうち3つまでに絞る。

しかしそれも心許ない。実際に会って診察を受けてみないと相性なんてわかるはずもない。

パソコン画面を見ながら、起きた出来事に対応しているうちにだんだん落ち着いてきた。

1時間、借りていたパソコンの使用時間が終了した。

ざぶっ。

水面から顔を出す。苦しかった止めていた息を吹き返す。

呼吸が落ち着いてゆく。

ああ、動揺してるな。

そうだよね。精神科にかかったこともあるくらいだものね。ただ、病院変えます薬はそこでって、すんなり移行するってわけにはいかないよね。

複雑なんだもの。

いいよいいよ。もし新しい先生に傷つくことがあったなら我慢しないでまた違う先生を探せばいい。それはわがままじゃないよ。

私がついてるから、心配するな。

大丈夫。なにがあっても私は私の味方でいるから。

またしても私の中の私がとことん私を甘やかす。

トントントントン。

私の背中をさすってくれる。

波の揺れはおちついて、穏やかな海にもどっていった。