秋の始まり処暑

夕方、ふと気がつくと外は暗くなっていた。

午後7時。7時の明るさがなくなった。びっくりする。

瞬間、夏が終わったと思う。朝の風、入道雲と一緒に空に現れた鱗雲。秋がやってきてると感じていたくせに、妙に慌てる。

ちょっとちょっとちょっと待って。

来るとなったらここからが早い。

まだまだ外は暑いのに、日の出と日暮れは確実に秋、冬のあの寒い季節に向かっているのを感じると、焦る。

この呑気に薄着でいられる季節もあとすこし。

 

ラジオ体操もだんだん人数が少なくしぼんできた。

子供たちは宿題の追い込みで忙しいのかちいさな子達が多くなり高学年組は減った。

昨日、体操をしていると音楽の向こうで男性の怒鳴り声が聞こえてきた。声の方を探すと若い母親と口論になってどちらも本気で何かを主張している。

なんだなんだ。

この状況で揉めることって思いつかない。何をそんなに揉めてるんだ。

オイッチ二、オイッチ二、手足を動かしながら目はそっち。

よく知っている長老だ。雨の日にはポットに入れたお茶をみんなに振る舞う。90を過ぎているけど自転車に乗って赤い帽子で毎日来る。実行委員のメンバーも彼には逆らわない。

その赤い帽子が怒鳴っている。若い母親も一歩も引かない。周囲はじっとそれを見ているだけ。

何があったのかわからないまま、赤い帽子のおじいさんは大声を出しながら離れ、女性はその場を動かず体操をまた始めた。

怖い。見ちゃいけません。

母はこういう時、いつもそう言う。

私はどちらかというと、野次馬。じっくり見ちゃ悪いと近寄らないが何が起きているのか知りたい。

あなたって野蛮ね。

そう、私の魂は腕白坊主。

体操が終わり、いつもの道を歩いて帰る。

メガネの女の子が気がつくとまた黙ってこちらを見上げている。今日は立ち止まってニヤッと笑っていた。

「あ、おはよう」

「おはよ」

「昨日、来なかったね」

「うん」

それ以上特に話すことがないから黙った。宿題終わったかとか、話題を探せばあるけれど彼女とは長い付き合いでも疲れる関係でいたくないから自然がいい。気を使わない楽な自分でいたい。

「あ、走るの、すこし早くなってる」

「そう」

もう話すことがないので黙っていると、彼女はまた走り出した。後ろからきたお父さんと妹と合流し、しばらく一緒に並んで走っていたが、また二人は先に、メガネの彼女はずるずる置いて行かれて一人で走る。

それを後ろから見ながら歩く。

振り返る。そんな気がして見ていた。やっぱり振り向いた。

手を振る。

向こうも小さく手を振る。

しばらく行って、またこっちを見た。

大きく振る。

向こうもちょっと大きく手を振った。

角を曲がる時、もう一度こっちを見るかなと思っていたら、くるくるその場で足踏みをしながらこちらを見てる。

なんだなんだ。

駆け足で寄っていく。

「どしたの」

「バイバイって言おうと思って」

相変わらずニヤッとしながら、声はハキハキしてくったくない。

「ああ、ありがと。バイバイ」

「どっちに帰るの」

「あっち」

「ふうん、歩いて帰るの」

「そうだよ」

「毎日来るの」

「決めてないけど、毎日来ることが多いよ」

変な約束はしちゃいけない。

「また会うかもね」

「そうだね、またね」

「うん、またね、バイバーイ」

「またねー」

小走りをして駆け寄ってバイバイ。

知らないうちにできていた。ちょっとだけだけど、小走りができるようになっていた。

秋の訪れよりびっくり。嬉しい。