歯医者に行くので午前中から唐揚げを揚げていた。
夕飯の唐揚げをいくらなんでも朝からってと昔は躊躇していたが、よく考えたら午前中のうちに夕飯の惣菜を買ってきたと思えば同じだ。我が家の男性陣は毎日食事の時間が定まらない。どのみち食べる直前にレンジで温めるんだ、いいだろう。
帰宅してから何もしなくていいようにしたい。
診察予約は午後2時、よりによって午後2時。この猛暑、一番気温の高い午後2時。
胸肉だったので塩麹と醤油、ごま油、少しの鶏ガラ、酒、生姜、ニンニクの摺り下ろしにしばらくつける。料理本にこうするといいと書いてあってので、やってみる。普段はこんなことしないが、胸肉だしな、出来たてじゃないしなと、ちゃんとその手順を踏む。
それからパッドに取り出し、片栗粉にまぶし、油で揚げる。
午前中とはいえ夏の狭い台所で揚げ物は命がけだ。
それとは裏腹に、揚げ物ハイになってくる。せっかくいいかんじのところまで油の温度が安定したこのタイミングで、ついでにもっとなにか揚げてしまたい。いやいやいや、ここで調子に乗って全体力使い果たしてはいかん。これから出かけるのだ。
それでもたっぷり500グラム、出来上がった。
枝豆と一緒に母のところに持っていく。彼女も今日は午前中、体操教室でみっちり一時間半、運動してくる。きっと私以上にぐったりだろう。
コンロ周りの掃除もすませ、台所の小さな配膳机に熱の取れた唐揚げと枝豆を並べ置いて家を出た。
治療は長かった。先生が「お時間ありますか」ともう少し進めてやっちゃうとお盆休み明けに詰め物を入れ直すことができるとおっしゃるのでお願いしますと答える。麻酔を二本追加され、ウィーン、ウィーンと続く。
終わったときには麻酔と暑さと、訳のわからない疲労とで頭がぼんやりしていた。
作ってきてよかったぁ。
自分は揚げ物は食べられない。帰りにスーパーに寄って小さな握り寿司を買う。これと蒸し鶏とタコのサラダと・・・ご褒美に、ビールを・・。
なんだかわからないが、頑張った気がする。
自分だけにお寿司を買って、ビールを飲んでいい気がする。
出たついでにトイレの洗剤、洗顔料、あれもこれもと荷物が重くなり、最後に寿司を抱え、家に戻った。
タイマーをセットしたはずのエアコンが作動していない。
それでも室内は少し涼しさが残っていた。
「おかえりぃ」
在宅勤務で居た夫が二階から階段をどどどどどッと降りてきた。
「さっきお腹空いたからあそこにあった唐揚げと枝豆、食べたよ。あとお味噌汁があったから飲んじゃった。」
エェッ!
私の反応に「あ、でも少しだよ、残ってるから」ともごもご言っているのを押しのけ唐揚げの容器を覗く。
残ってるって・・・あんなにあったのに、半分もない。
力が抜けていく。
「柔らかくて美味しかったからたくさん食べちゃった」
「・・・だろうよ・・・。夕飯用に手間ひまかけた渾身の作だからのう」
「ごめーんっ」
まずい、と察し、ささっと逃げていった。
こういう時は思考を働かせてはならぬ。
冷凍庫から生協のチーズを挟んだ鶏ささみのフライを取り出し朝の油の残りで黙々と揚げる。
まさか母に返せとは言えない。
味噌汁を作り直す。
なにも考えず淡々と作業をする。二階は二階でなにかと闘っているのだ。呑気そうに見えても頭フル回転で仕事をしてるんだし、責めるのも違う。
寿司、寿司、寿司、ビール、ビール、ビール。
買っておいてよかった。私にはあれがある。あれが私を待っている。
夫が仕事終わりに飲んでくるのはこんな感じか。
手間をかけた唐揚げはほとんど夫のお腹に消え、息子の皿に3つ乗り、あとは生協の冷凍フライがメインの献立になってしまった。
お寿司。美味しかった。ビール、最高でした。