馬鹿夫婦

二階のトイレを掃除に上がったら、白い陶器の便座の奥に、流し切れなかった固形物が見えた。

夫だ。さっき、いったん家を出て戻ってきた。

「ちょっとトイレ」と二階に上がり、それから不自然に

「まだ時間あるからちょっと涼んでいく」

とリビングでエアコンにあたって汗を引かせ、また出て行った。

あのときだ。おかしいと思ったのだ。トイレなら駅にも会社にもあるのに。大きな方なものだから。だからわざわざ戻ってきたのだ。

あれは陽のあたる窓を背中に背負う個室で、汗びっしょりになり涼んでいたのだ。

一回で流れ切れないほどのものをすっきりとさせ、汗も引き、気分良く出社していった。

あちらはご機嫌だろうがこっちは気分が良くない。息子が幼児だったころとは訳が違う。

再度、水を流すと綺麗に消えっていった。

べつに嫌な臭いが充満していたわけでもない。ザーッと言う音とともに嫌な物は姿を消した。

たったそれだけの一手間が追加しただけで、あとはいつも通りの清掃をして作業を終えた。

ピロロロローン。

タイミングよく、向こうにとってはタイミング悪く、奴からLINEが入る。

「お給料振り込んだよ」

ウサギのスタンプがグッジョブのポーズで笑っている。

とたんモヤモヤ燻っていたものから炎が立ち上がる。

「今、二階のトイレに掃除しにいったら何やら残っておりました。気分がよくない。あんまりだ」

クマのsorryスタンプが戻ってきた。

「これから本屋に行って値段を気にせず二冊、買います。帰宅したら代金をください。現金で。」

ウサギがOKポーズできた。続いて笑顔で頷いているのが届く。

この笑顔に反省を感じない。どうしてこのタイミングでこんなスタンプを選ぶのだ。

「笑顔を使うなっ。」

クマのsorry..。

あ、そうだそうだ。

「お給料、ありがとうございます」

ウサギ。

「だから笑うなっ」

開店同時にスーパーにいき、帰りに本屋に寄って欲しいなあと思っていた料理本、二冊、買った。

ほくほく。

食材が肩に食い込む。分厚い本二冊の重さも加わった。

じりじり陽が上がってきた。

こんなに暑い中、長いズボンを履いて重い鞄を持って毎日会社に行って仕事に追われる。月曜も火曜も水曜も木曜、金曜も。

帰宅してすぐ、二冊の料理本の写真を撮り夫に送る。

「2500円也。よろしくお願いします」

ウサギのOKとクマの笑顔で頷くのが連続で届いた。

ここでこのスタンプは許す。

「ふん」

送信。