朝食後、いつものようにだらだら床に寝っ転がってテレビを観ていると家の個体電話が鳴る。
こっちの電話は常に留守番電話につながるようになっている。数年前、詐欺まがいの電話があり、警察に通報した際、やってきたおまわりさんに「こういう電話が最近すごく多いから、いつも留守電にしておいてください。メッセージの声を聞いて覚えがあったら受話器を取る、そうしてください」と言われた。それ以来、うちはそうなっている。
昨日も、ああ、鳴ってるなとテレビの音量を下げて耳を澄ます。押し売りなどの場合は留守電につながる前に切れる。
やはり録音に切り替わるのを待たず、切れた。
しかしまたすぐ鳴る。今度は息を潜め様子を伺う。
しかし、また、ブチッと切れる。その電話の切り方がせっかちでイラついているのだと伝わってくる。
もう一度、数秒もおかずにかかって、今度は留守電の録音まで相手は切らず、無言でこちらの様子をみている。
やだな。
受話器さえ持ち上げなければこちらの気配はわからない。起こした体をまた横にゴロゴロしなおした。
数時間後、また鳴った。
やはり三回、留守電のメッセージに切り替わると、ブチッと切れる。
病院からの連絡だろうか。検査に異常があったりすると「すぐ来てください」と呼び出されることがある。
だが、そんな命に関わることならメッセージを残すはずだ。
第二連絡先に携帯の方の番号も登録してある。
友人、家族、数人だが、私個人に用事のある人なら携帯にくる。それもたまに母と連絡のつかない姉がそっちに行っていないかとかけてくる程度だ。今現在、家電で連絡を取り合うことなどなおさら、ほぼ、ない。
午後になってもその電話は数時間おきに、続いた。
ただいま・・・機械の音声に切り替わると、素早く、ブチっ。
明らかに、この家に人がいるかどうか伺っているようだ。何かの名簿が流れて狙われてるのかなあ。
母のところに肉じゃがを置きにいく。
今日は体操教室なのでこの暑い中、疲れて帰ってくる。肉じゃがなら今夜使わなくても明日使える。何か献立が決まって用意してあったとしてもいいだろう。
あれ、いない。午前中で終わっているはずなのに。そうだ、今日から午後も吹き矢の係りで行かなくちゃいけないんだとぼやいていた。うわ。もう、午後の部で出かけたか。
留守の部屋はもうっとしていた。
「味が濃かったかも。ごめーん」とメモを残す。
戻ってくるとまた鳴っている。
ハッとした。
もしや。朝からのこの電話。
母が体育館で熱中症になって病院に運ばれ、教室の誰かがうちに連絡をしようとし続けているのかもしれない。
まさかとは思うが。ありうる。先日も朝の畑で亡くなった友人のことを我が身に照らし合わせて心配していた。
母本人だとしたら携帯電話の番号に登録してある。
急いで母の携帯に電話した。でない。
すぐ、携帯が鳴る。母だった。
「何よ」
怒っている。
「ああ、元気ならいいの。ごめん、忙しいとこ。暑いから大丈夫かと」
「あなた今どこよ、朝からずっと電話してるのに留守になってるんだもん、連絡つきやしない。あのね、私、今日、昼も帰れなくてドトールでお昼食べてまたそのまま体育館にいるのよ、お風呂の窓とか開けてきたから。あなた、物騒だから家にいてよ。そうよ、ドトールでお昼食べることになったから、あなたがいちゃまずいと思って、来ないようにってそれも言おうと思ったのにいないんだから」
元気だ。
めいいいっぱい、元気だ。この上なく、元気なようだ。
「だって携帯に連絡してくるかと思ってさ」
「そっちも鳴らしたわよ、でも何度やってもあっちも留守、こっちも留守」
履歴を見たけどそんなの残ってないと言うと、「あら、そ」と勢いはおさまった。
「肉じゃが、おいておいたよ、味がちょっと濃いんだけど」
「あら、ありがと。助かるわ。」
この暑さだから冷蔵庫に入れとこうかと言うと「もう終わって帰れるから、そのままでいいわ」と電話は切れた。
それからしばらくして母が顔を出す。
携帯を調べると、よく使う項目というところに登録してあるのは家の電話番号だった。連絡先には二つ、入れてある。
「これからのこともあるから使えるようにちゃんとなおしてよ」
改めて「トン、携帯」と表示名で登録しなおした。
「こっちを鳴らせば、この携帯直だから」
目の前でかけてみると私の携帯が目の前で鳴った。
「ありがと。今度11月、五島列島に行くことになったの」
ドトールでお昼を食べながら決まったそうだ。
この人の遺伝子のかけらでもエキスでも私の身体にあるのだと思うと、それが私を力づける。
「あ、肉じゃが、ありがとね、夕飯まで少しゆっくりするわ」
一日中うだうだしていた自分とは対照的にバリバリ充実したオーラを放つ高齢者に軽く落ち込む。
いや、私には私のスペックがある。
あのDNAが私の中で作動し始めるのは数年後だ。
きっと私もあんな老人になる。
そう思うと誇らしい。