「ちょっと相談なんだけど」
息子が顔を出した。相談という割には笑っている。
「明日さ、ちょっと俺の割には遠出してきてもいい?」
「いいよ」
「ちょっと気になるメガネ屋のセレクトショップがあってさ。名古屋なんだけど」
「名古屋なら二時間で行けるじゃん。泊まってきてもいいよ」
自分はたかだか二駅先の渋谷に行くだけでも大冒険のくせに人のことだと本気でそう思う。
ふらっと新幹線にのって東京を飛び出す。想像しただけでちょっとワクワクする。
名古屋は父が単身赴任をした都市だ。大学生の夏、母と姉と三人で遊びに行った。
そこでの父の生活が出来上がっていることが不思議で、ちょっと違う人のような照れ臭さがあった。父を会社に送り出すと母と姉と三人で街に繰り出し、遊んだ。
「夏休みだから新幹線、空いているか確認した?」
「ああ、それは、大丈夫、まだガラガラ」
息子は月曜日は有給をとっている。のんびり出て行って時間を気にせず街中を歩いて、気ままにしてくればいい。
「勝手にこっちは父さんと夕飯だべて寝るから、どこにいて何時に帰るかだけラインして」
ジムの帰りにふらっと湘南まで気になる店を見に行ったりする。丸の内から池袋にまわって新宿で本を買って、二子玉川に寄って帰ってくるなんていうのはよくあることだ。
ついに新幹線が加わったか。
自分にできないことを軽々とやって見せる。それが嬉しい。
この嬉しさはなんだろう。
わたしの産んだ人間がどんどん自分を超えていくことに惚れ惚れするという感じがいちばん近いかもしれない。
しばらくしてまたやってきた。
「あした、やっぱやめたわ」
「あ、そう」
できるだけ感情を込めずに答えた。先日買った十数万するフレームのメガネをかけている。
「よく考えたらこの前、これ買ったからさ。わざわざ遠出してまた新しいの買うのもなあ。暑いし。そんなわけで明日は近場をうろうろします」
「どうぞ」
ちょうどソリティアをやっている最中だった。行けばいいのにとも思わなかったし、残念とも思わなかった。ああそうですかと、あえて事務的に返事をし、ゲームに関心のあるのだからご自由にというそぶりをした。
「行って欲しかった?」
え?
「なんで。ぜんぜん、まったく。だって私関係ないもん」
「いや、丸一日俺がいないならのんびりできるなあとか、どこか行こうかなとかさ」
「なんでわたしがあなたの行動に振り回されて1日を決めるのさ。あなたの行動にあわせて出かける予定を変更したり決めたりしないよ。行きたきゃいくし、家にいたければ居るし。旅に出たければでるよ」
ゲラゲラ笑うと「そうか、ならよかった」と息子も照れた。
ちょっと心弾んだのがバレたのかもしれない。