迎え火

東京は昨日は盆の入りだった。

祖母は「仏も何もあったもんじゃありません」というドライな人だったので私が子供の頃は特にお盆だからと何かする家庭でもなかった。

家族で墓参りに行き、お寺のお坊さんにご挨拶をしてキャラメルをもらって帰る。それだけ。

父が亡くなってから新盆には提灯を灯し、お坊さんが家まで来てお経をあげ、お接待をしてという、サザエさんの一コマで見た覚えのある光景が我が家でも行われるようになった。

それから毎年、送り火を焚き、迎え火を焚く。神妙に仏壇の前に並んでお経を聞き、お坊さんのお説法を伺う行事が導入された。

息子は生まれた時からそれが当たり前の中で育ったので、彼は漠然とだが、信心深い。

しかしその息子も成人となり、お仏壇を引き継いだ母も高齢となり、お坊さんを1日待ってのお盆はまた、終わりを告げた。

「もう、やめていいわよね」

「いいでしょう。うちの仏様はみんなそういうとここだわらないから」

そして残ったのが、墓参りと送り火と迎え火だけとなった。

「あのう。今年なんだけど」

今年は姉も仕事で母と私二人だけの迎え火になる。

「うっかりしてたけど、明日、盆の入りなのよね」

「ああ、明日買ってくるよ」

「違う、お姉さんが会社からもらってきたお線香がたくさんあるのよ、私それの匂いがあんまり好きじゃないから明日、それ燃やすんでどうだろ。いいわよねぇ」

蚊取り線香に火をつけるわけじゃないし、一応、仏様関係のものだからいいんじゃない。煙が上がればいいんだろうしと、私も深く考えず同意した。

そのお線香の大量なこと。

母は箱に入ったのを全部、皿にぶちまけて待っていた。そこに枯葉をくべてマッチで火をつける。

しかし古いもので湿気ているのか枯葉ばかりが燃え上がり、なかなか線香に火がつかない。

縁側で二人並んで小枝で突きながら「あらつかないわねえ」とマッチをもう一本、もう一本とする。

10分、15分と経って、ようやく数本に煙が立ちはじめた。しかし、また消えてしまう。

母はムックと立ち上がり庭の隅から枯葉をたくさん持ってきては上に乗せる。

「ダメよ、それやったら酸素が回らなくて余計消えちゃう。」

「だって」

一度は手を引っ込めるが、じれているのか、やっぱり枯葉を追加するのをやめない。

枯葉だけがよく燃えるばかりで、燃え尽きた枯葉の灰が線香の上に積もり、ますます肝心の線香に着火しない。

「だから・・酸素が・・理科で習わなかった?ものが燃焼するには酸素がいるんだってば・・およしったら」

おかしくて笑いが止まらない。

「だって!」

母も吹き出した。

「だってお父さんが俺が死んだら威張って生きて行けって言ってたもん!」

「いや、それは。おとうさーん、お母さんが、めんどくさくなってさっさと終わらせようとしてまーす」

「このお線香、失敗だったわね」

「私はお線香を使うと聞いた時、あらぁ、麻幹だとあっという間に燃えるからゆっくり時間かけてお父さんをお迎えしたいのねえと思ったのに」

「これは計算外だった」

「おとーさん、お母さんがちゃっちゃと終わらせようとしてまーす」

ゲラゲラ笑いながら、二人でしょぼしょぼ燃える線香の前で並ぶ。

線香と枯葉を突きながら、長い長い時間をかけて全てが燃え尽きるのを待つ。

細々とした煙が上がる。ほんのり線香の香りがした。

その間、母のクラス会での話と体操教室での話を聞く。

「もう、ほんと、男子ってバカみたい」

そうかそうかと聞きながら、この人はこんなに可愛い人だったのかと父の気持ちがわかった気がした。