疑心暗鬼

留守番電話に知らない声の女性が早口に録音を残していた。

その口調が、やたら親しげで、なのに妙な違和感があったので炊事をしながら遠くで喋っているその人を、勝手になにか商品の勧誘だと思い込んで聞き流していた。

その声の主が今日また、かかってきた。

今度はラジオを小さくしてじっと聴く。

「何度も申し訳ございませぇん。ワタクシ、・・・信用金庫の課長の・・と申します。いつもお世話になっておりますぅ」

毎月積立定期預金の集金に来てくれる信用金庫の名前だ。あわてて受話器を取り上げる。

「あ、いつもお積立てをありがとうございます。この度ですね、いつも集金させていただいているお通帳に、日付や印などの過ちがないか、定期的に無作為に検査しているんですけれど、以前もやったことがあると思いますが、また今回、通帳をお預かりしたく思いまして。お伺いいたしますのでいつがおよろしいでしょうか」

一気にそう説明された。確かに以前にもそうやって通帳を預けることは何度もあった。しかしそれは担当の人に渡していた。このようにいきなり「近いうちに行くからいつがいいですか」と連絡がきたのははじめてだった。

なんとなくひっかかりながら、話を聞く。

「じゃあ今日、これからはどうですか」

「あいにく私の方が今日は立て込んでおりまして。明日はどうでしょう」

「いいですよ。いつも担当してくださっている方が見えるんですか」

「いえ、私、課長をやっておりまして。明日は私一人でまいります。」

その私って誰だよ。課長課長って連発すると余計、怪しく感じる。

「あの、お名前は」

「あ、ワタクシ、ご・お・や、と申します」

そうだと思いつく。ちょうどよかった、次回の集金日の約束をいつだったかわからなくて、担当の女性に連絡を取ろうと思っていたのだった。この人が本物ならそばにいるはず。

「担当の方に今月いつのお約束だったか確認したいんですけど、今、いらっしゃいますか」

「あー。あいにく今、外出しておりましてぇ。なんなら私が聞いて、明日伝言しますよ」

しらぬ。こんな人知らぬ。支店の行員全員把握しているわけではないから当たり前のことなのだが、知らぬ知らぬ。

電話を切ってからもなんとなくモヤモヤを引きずり、パソコンでその支店に本当にその名前の課長が在籍しているのか調べてみた。が、当然、載っていない。名前を公表しているのは役員までである。

わからないとなると、むくむくと不安が膨らむ。

通帳だけ持っていったところでなにか悪さができるわけでもないだろうが、それでも気になる。

万が一ということもあるしなあ。いっそのこと今これから直接信用金庫に出向いて持っていこうか。

12時5分前、昼休みで戻っているであろう頃を見計らい、担当の女性の直通電話にかけてみた。

「今月いつだったっけ」

「ええっと・・・28日ですね」

「ああ、ありがとう。それからさっき、ごおやさんっておっしゃる・・・」

「ああ、課長ですね。」

いた。実在した。

「通帳をお預けするように言われたんだけど」

「はい。さっき聞きました。よろしくお願いいたします」

なんだなんだ。よかった。あとはただ、待っていればいい。

安心したとたん、己の猜疑心を恥じるのだった。