困ったちゃん

夫が事故車の修理の相談に出かけた。修理の間、代用車を借りられるそうで、それに乗って帰ってくるという。

「慣れない車なんだからゆっくりね」

「うん。今日はまっすぐ帰ってくるから」

2時過ぎ、早めの夕飯の支度をしているところに帰ってきた。

「あのさ、向こうが言うには修理代と新車を比べたら新車にした方がいいって」

頬を光らせ、目を輝かせ、一目散にやってくる。

なぜだ。なぜ、事故を起こしてご褒美のように新車が手に入るのだ。そんなの嫌だ。

「じゃあ廃車にしましょう」

「ええっ。それはない」

「この件はよく考えましょう。みんなで」

息子は未だ夫と口をきかない。シュンともせず、相変わらず赤ちゃん言葉で話しかけてくる父親を許せないでいる。

夫は、拒絶されればされるほど、付きまとう。機嫌をとりたくてついつい、甘ったれた口調で話しかける。これが余計、神経を逆撫でしているのだ。追えば追うほど嫌がられるんだから、しばらく放って起きなさいと言っても、やめない。

今、家の中は息苦しい。

その息子を交えて話し合おうと言われ、夫は「それは・・・」と怯む。

「でも、車、いるでしょ」

「でも、これまで私が入院する時だって息子の時だって車の送迎はしなかったし、週末もあなた一人で乗ってるだけで買い物だって行かないし。いらない。肝心な時はタクシー呼んでるから、いつも」

「そういうわけにはいかないでしょ。お母さんだって」

「そのお母さんも、頼みたい時、いつもいないから廃車でいいって言ってる」

ヒーン、いるもん。と駄々っ子のようにごねて、しばらくして新聞を広げる。

「日本代表のラグビー、テレビじゃやってないな」

この人は。

私はあれから胃が痛い。先日は夜中に胃痛で目が覚めた。それなのになぜ、当の本人がこんなにケロケロしているんだ。

新車にした方がいいと言うほど、ペシャンコになる事故を起こしたのかと今更ながらこっちが落ち込む。

やだなあ。新車。

そうかといって、これを機に廃車というのはいかにも懲らしめのようでそれはそれで後味が悪くなるだろう。

息子に話すと「もう、運転をやめさせろ」と眉間に皺を寄せる。

「だいたい、新車にしろっていうのも、どうせ保険で降りるんだからそうしたらどうですかって向こうが提案したんだろ。そうすれば自分も営業成績上がるしな」

夫と、メーカーの社員が「お、それもそうだ」と二人ホクホクしているかと思うと、それも面白くない。

ちゃんと、しっかり、心の底から反省してほしい。

しばらく息子が重しにとなり、彼にそれを促す日々が続く。