すらっとぼけの乙女

昼ごはんを食べていると「ちょっとお忙しい?」と母がやってきた。

クラス会に着ていく服をちょっと見てよと言うので、隣の家にいく。

一つはえんじ色とベージュの幾何学模様のワンピース、もう一つは白いレースで袖の膨らんだブラウスに薄い水色のタイトスカート。二つのパターンを用意していた。

えんじのワンピースは生地が薄くサラッとしている。それを着るためにちゃんとシュルシュルした生地のベージュの下着をつける。こういうところがこの人は乙女だと思う。

お出かけのイベントの前に何を着るか、カバンから靴まで全て準備する。

私はたいていその前日に頭の中で「あれとあれでいいか」と考えベッドの上に並べてみるくらいだ。

ワンピースはよく似合った。娘が言うのもなんだが、可愛いらしい。おばあさんぽくもなく、無理した若作り感もなく、品がいい。

「それがいいよ。あっちはつまらない」

白いブラウスの方を指さして断言する。

「そう。あんまりおしゃれしてきましたっていうのもなんだかね。そうかといってなんでもいいっていうのも」

「それ、いいよ。可愛いよ。それに黒い光った靴、ないの?ぺったんこの疲れないようなの」

これでいいかしらと持ってきたのは黒いエナメルの3センチヒールのものだった。

「それ、疲れないの」

半日も履いたら足がパンパンになりそうだ。

「大丈夫よ、ほら、こんなにぺたんこだもん」

そんな先のとんがった靴を。

衣装が決まって表情が明るくなった。気持ちが弾んでいるのだ。

自分のことを引っ込み思案で気が弱いというが、この人は自分が社交家で積極性のある人間だとわかっていない。

それから義兄の奥様が実のお母様との関係がよくなくてもう何年も音信不通なのだという話になった。

「あちらのお母さんだって悪い人じゃないんだと思う。良かれと思って言ったこととか、自分の体調とか気分も万全じゃないとついやつ当たりしたり暴言吐いたりしてしまったりしたんじゃないかな。受け取る方も心が弱っている時だとグサリとくるしね。特に身近であれば」

障害のある子供を持つ義姉の食いしばっている心には許せないと思う何かがあったのかもしれない。

誰が悪いんでもなくタイミングと相性が悪かったのだろう。

「親子でも相性ってあるからね」

デリケートな話題になった。まさに私が長年苦しんで出した結論だが、母と面と向かって自分の解釈を話すのは緊張する。

「そう、気の毒にねえ。」

身を乗り出して話を聞いていた彼女が大真面目にこう言った。

「実の母と娘が拗れると、本当に修復不可能って言うからね」

力が抜ける。

この人は。

私がこれまで一旦、彼女を捨ててでも自分を確立しないとと戦っていたことも、一度は恨んだことも、辛くて泣いたことも、全く気がついていなかったのだろうか。

うっすら何か変だなと思ったとしても、まさか自分がそこに絡んでいるとは思いもしなかったのかもしれない。

夫との関係だけに苦しんだのだと本気で信じている。

母を憎み、許す作業が私の中であったことを知らないのか。

力が抜けていく。

同時に自分の醜い未熟な面で彼女が傷を負っていないのだと安心する。

私自身が神様に許されたような安堵感に包まれた。

母はあえて、そう言ったのかもしれない。

私たちの間に何もしこりはないことにしようとしてくれたのかもしれない。

美化しすぎだろうか。本当にすらっとぼけているのか。

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