相棒

朝、そっと起きて部屋を出ると夫が追いかけてきた。

「トンさん、僕も散歩、行っていい?」

「どこに」

「散歩」

「いつ」

「今」

「・・・・やだ」

「いく」

「やだ」

「そっか。じゃ、家で待ってるね」

そう言ってまたベッドに潜り込んだ。きっと私が家に戻ってきた時までまた眠るのだ。いや、このまま午前中いっぱい眠るかもしれない。

朝の時間は一人がいい。

海外ドラマも一人で観たい。

映画館も美術館も一人がいいなあ。

ドトールの読書も。

そのくせ自分を放ったらかしで一日中寝ている夫が面白くない。

車で外に出て行って気が向くとどこか遠くまでドライブを楽しんでくるのも気に入らない。

あの人の首には鎖がついていない。私の首には誰がつけたわけでもないのに見えない鎖がある。

自分できっちり外れないように結びつけた。

お母さんなんだから。妻なんだから。

とっくに任務はあらかた終えて、鎖ももはやいらない。もうこんなものいらないんだと外したものの、相変わらず小さなところで走り回るのが癖になって、それで満足している。

サーカスの象のようだ。

夫は息子が幼稚園の頃から一人で会社を休んで海外にサッカーを観に行ったりしていた。

日本にサッカーワールドカップがきた時は毎週末、予選を日本全国観に行った。

もうやめてくれと泣いたこともあったが、「ごめん、僕はなんてことしてるんだ」と悲しそうに詫びたその口で「最後、もう一つだけ行っていい?」と行って決勝を観に行った。

そういう奴なのだ。鎖を繋ぎ損ねた。

一緒に行くと言ってきた夫に「やだ」と言う。

ちっとも可哀想とか、悪いかしらとか思わない。

この世でただ一人、なんの遠慮もしないで断れる人。

母にも姉にも気を遣ってしまうへんてこりんな私にとって不思議な人だ。

どうしてこの人だけ、なんでも言えるんだ。何を言っても大丈夫。何を言われても大丈夫。

なのに、散歩は一人がいいの。