夫と二人でどこかに出かけることはほとんどない。
結婚して30年経つが一緒に映画を観たり散歩に行ったりというのは、あれとあれとあれとあれ、と言えるくらいだ。
旅行も、ほぼ、ない。
息子が小さかった時、夏になると東京ディズニーランドに泊まりで行った。一泊二日のそれが我が家の唯一の家族旅行なのでうちにある写真には大抵ミッキーが写り込んでいる。
夜になると夫は寝てしまう。長い行列での順番待ちは妻の役目、子供と一緒にアトラクションに乗りまくってポップコーンを食べ、大好きなハンバーグとポテトにお酒を飲んで気持ちよくなった彼は、部屋に戻るなり「あーぼく楽しかった」とベッドに身を投げたしてしまう。
8時前からの長い夜をもてあまし、とくにやることもなく、息子とテレビを観る。
旅行の夜といえばトランプとかおしゃべりとか、ワクワク外に出てみるとか、そんなんじゃないのと思っていた頃は、それが腹立たしかったものだった。
資格マニアの夫は常に何かの試験を受けている。毎週何かしらの用事で出かけるのはそのための講習会、もしくはテスト。
現在はそこに親戚の遺した家のリフォームと賃貸契約の作業が加わっている。
業者に頼めばいいところを電球一つから自分で買いにいき、少しでも安く済ませようとするから余計、忙しい。
この節約主義も趣味なのでどうしようもない。
講習会と教材に大金を使い、勉強をせずに受験しては再受験のほうがよっぽど無駄遣いではと思っているが、あえてつっこまないことにしている。理解できないがそれが趣味なのだ。
今はTOEICにムキになっている。今日もまた、早朝から出ていくらしい。
「あなたまた一人なの、可哀想に」
昨日、母が携帯の使い方を教えて欲しいとやってきてそう言った。母と父は映画も旅行も夕飯の買い物もいつも二人で一緒だった。それが当たり前の彼女から見ると娘はいつもほっぽり出されている。
「かわいそう」と言われると「可哀想な人」になってしまう。
「母さん、いいのかよ。あいつ、また訳のわからんことやっとるぞ」
大学で教授が奥さんと週末映画を観てきた、お寿司を食べに行ったという話を講義中の雑談で聴くようになってから、うちの夫婦はちょっと違うと息子が言うようになった。
「いいの、あれはもう止まらない。あれで何かしらのバランスとっているんだよ」
夫は自分のやりたいことに全力を使い果たす。家族のためにエネルギーと時間をとっておくという発想がない。
全部、使い切ってしまうのでいつも家では寝ている。
会話が成立するのは、その合間の覚醒している時、ライン、瞬間瞬間なのだ。
もし、これで彼が映画に目覚めたとしよう。
私を毎週誘うかもしれない。周囲には優しいご主人が奥様とデートしているように映るだろう。母も息子も安心するに違いない。
それでも内容はきっと違う。
彼は自分の観たいドンパチピストルとスリルの作品を選ぶのだ。私好みのまったりのんびりしたドラマには決して付き合わない。
「ぼくたちには絆があるから」
息子に咎められると必ず自信たっぷりにそう答える。
「絆って、けっこう脆いものよね」
ヒーン、トンさーんとヘラヘラ笑う。妻の毒もチクリとも刺さらない。
「舐めてもらっちゃ困る、父さんはトンさんが一番大事」
「散々その言葉に騙されてきたけど、違う。あなたはダントツトップで自分。で、そこからグッと離れた次に、私たち」
「母さん、なんでこんな奴と結婚しちゃったんだよ。間違えちゃったのか」
「私も若かったからねぇ」
ダントツで自分一番なのだと気がつき飲みこむまでが修行だったが、程度の差こそあれ、私だってそうなのだ。
それが健全なのだ。
程度にもよるけれども。
ダントツ男は二番目の他人の私を裏切らないと確信できる。
私もここまで全力で腹をたて、全力で懲らしめてやろうと策を練る相手はいない。
手応え満々の夫だが、憎めない。
彼はいつもイライラさせるがいつだって私の味方なのだ。
間違えたんじゃない。
と、言いながらも今日もテストに出かけていく夫に向っ腹を立てている。
昨日は夕方帰ってきて「明日選挙に行けないから」と期日前投票に再度出て行った。
帰ってきたのは8時過ぎ。息子はジムで疲れてこちらも爆睡。結局また一人でさっさと先に食べた夕食だった。
今夜は昨夜のカレーにしてやろう。作るものか。
息子にはフライをつけて、差別化をしてやろうか。
ちょっとあからさまかしら。
そんなことを考えながら朝の散歩をしていると夫からLINEが来た。
「おはようトンさん。これから行ってきます」
ふん。ふざけんな。うさぎの陽気なスタンプがこちらをみて笑いかけている。
「あ、そうですか」
すかさず、塩辛い返信を送った。
破れ鍋に綴じ蓋。