プライド

息子に声かけをしてくれと言い出したのを、先生はうまく飲み込めないようだった。

「声をかけるんですか」

その真意を説明すればするほど、自分が我が子可愛さで乗り込んできた馬鹿親だと自覚する。

それでも今日、この後、先生方に申し送りをして欲しいと頼んだ。

それから数日、息子の様子を伺うが、特に変化はない。

「今日、体育が始まる前に体育の先生からお前も大変だなって言われた」

憮然と呟いた。

「え、みんなの前で」

「いや、準備してたら寄ってきた」

違うっ。それじゃあ哀れみだ。下手すぎる。

なんだか知らんが声をかけろってさ。とだけ伝わったのか。かえって余計なことをしたかと揺れる。

国語科で中学1年の担任だった先生が、図書室の新しく入荷してきた本の整理を手伝えと誘ってくれた。毎日遅くまで居残ることになったが、彼の学校に行く目的ができた。新刊本の紹介文を書かせてもらい、褒められたと報告する。相変わらずつまらなそうに、ボソボソと話すだけだったが、嬉しかった。

さすが、国語教師。行間を読み取ってくださった。わかってるぅ。ありがたかった。

「犯人が見つかりました」

担任から電話がかかってきたのは夕方、夕飯の支度をしているときだった。

「同じ学年の生徒でした。カメラに写っていたので問い詰めたところ、白状しました。靴も持っているそうです」

どこまでも刑事だ。

「それでですね。一応、窃盗なので・・警察に通報したいですか?学校側としてはお母様がそうしたいとおっしゃるなら止められません」

嫌な展開になってきた。

けれど、これは私が決めることではない。そばで私の様子から察してこちらを見ている本人がいる。

「見つかったって。誰だかもわかったけど、警察を呼びますかって」

できるだけ感情を込めずに伝えた。

「いや、だから。それはいいって。靴さえ戻れば」

先生にそのまま伝えた。すると今度は相手の親御さんがどうしても謝りたいので会いたいと言っているときた。

「お母様にも謝罪をしたいとのことで、こちらでセッティングしますのでいかがでしょうか」

これもまた、そのまま伝えた。

「・・・わかった。でも俺一人でいい、母さんは来るな」

そのほうがいい。私が付き添っていけば、彼の心の傷になる気がした。

翌日の放課後、靴を盗った少年と父親が校長室で息子に会った。

「知ってるやつだった。話したことないけど。向こうのお父さんが謝ってた。こんなことになっちゃったけど、反省してるから。これからも仲良くしてやってくださいって言われた」

「それで」

「断った。怒りはないけど仲良くはできないって言った」

誇らしかった。

ここで「はぁ」と返事をしなかったことを。その場の空気に流されなかった頑なさを。

「そっか。ま、お疲れさん。よく頑張ったね」

見えない何かと戦った。

一緒に共通の敵と戦っているうちに反抗期などやっている場合ではなくなり、そのまま自然消滅したと勝手に思っていたが、こうして振り返ると、やはり息子は一人でずっと立ち向かっていたのだと気づく。

靴を毎日持ち帰っていたあの日から、校長室で仲良くできないと断ったあの日まで。