墓参りに行く。ギリギリまでテレビでWBCを観戦していた。思うように展開しない試合に内心、これはもしやと弱気になりつつ車に乗りこむ。夫がつけたラジオでその先を聴いていた。普段から私達三人は車の中でほぼ会話をしない。息子が子供の頃からそうだった。夫は運転に集中して、息子は外の景色をみることに集中、暇な私はラジオを聴く。同じ空間にいながらそれぞれ別の宇宙にいる。
昨日もそうだった。
追いついたと思ったら引き離される。それでも誰も声を発しない。
9回裏。始まってすぐ、大谷が塁に出た。息子が夫が買った芳香剤が臭いと不機嫌に絡む。
そのとき。
絶叫のような歓声と実況アナウンサーの声。
「逆転、決勝進出〜っ!!」
プレッシャーに押しつぶされそうなのかと勝手に気の毒に思っていた彼が打った。
「なになに何何、なんで、なんで、なんで決勝なの、これ、何回?」
「9回裏だよ、勝ったの!」
「うわ、よかったねぇ、村上」
「すげえな」
「よかったよお。村上くん。これで堂々と胸はって帰ってこられるよ」
近年稀に見る、この三人の盛り上がりである。
「そうだ」
急いで携帯で母に電話をする。足を怪我して一人留守番をしている彼女も誰かと分かち合いたいだろう。
なかなか出ない。インタビューに夢中で呼び出しが聞こえていないのか、それどころじゃないとあえて取らないのかと待っていると出た。
「なによっ、みてないのっ?どこ行ったのよっ!」
えらい剣幕で怒っている。
「11時に出発するって言ったでしょう」
「見ないででたのっ」
「ラジオで聴いていたよ。おめでとうございます、今ごろ狂喜乱舞だろうと」
「今、あなたの家に行ったのよ、勝ったねえって言おうと思ったら誰もいないじゃないのっ!」
ああ、やっぱり。
「うん、それで電話したのよ。よかったねえ。村上くん、よかったよお。」
母はそこには同調せず、大谷が立派だったのだ、監督の人柄だと説明する。
「じゃあ、仏様によろしくねぇ」
機嫌のなおった彼女はまだまだ続きを観るのだとさっさと切った。
「うちに行ったら誰もいないって怒ってたよ」
「さすが、親子」
息子がすぐ電話をした私を褒めた。
表参道の交差点を若者達が歩くのが窓から見えた。
「みんなに教えてあげたい。勝ちましたよ〜って」
「みんな知っとる。今時。スマホで聴いとる」
そうか。
墓地についた。お線香と花を買う。お店でトイレを借りた。
「勝ちましたねぇ」
つい、言ってしまう。
「ねぇっ。よかったですねえ」
すぐ返ってきた。
「私、村上くんがよかったなあって思って。もう勝手に。これで日本に溌剌と帰ってこられるなあって思って」
ここでも熱弁してしまった。笑われた。