修羅しゅしゅしゅ

ヘトヘトなのである。

実家の冷蔵庫が壊れ、大騒ぎの末、運よくピッタリのサイズのものがすぐに見つかり手配できた。

80を過ぎた母は軽くパニックになりながらも持ち直し、その日の午後には友人を呼びつけ、煮魚の惣菜冷凍品を持たせ、また別の友人に電話をし、ことの一部始終を何故が得意げに延々と語った。

しばらく作り置きをもらっても保存できないだろうから、拵えたものを夕方持っていくとまだ話している。

「もうダメねぇ、私何もできなくてみんなに叱られちゃって」

誰も叱っちゃいないのだが、要するに自分よりも姉と私が主導権を持って事に対処したことが嬉しかたのだろう。

それをやんわりと言いたいものだから、つい、演出する。彼女にはそういう癖がある。

一夜明け、平常心を取り戻した彼女はとても枯れちゃあいなかった。

休みの姉を叩き起こし、冷蔵庫の中のものを全てだし、よりわけ、保存の効きそうなものは北の仏間に移動させる。同時に仏間に飾ってあるお雛様を撤去させ、そこに積み上げようと考えたのだ。

そんな事態が起こっているとは知らなかった。

昨夜言っていたように、もうダメなものは仕方ない、諦める、なんとか残っているものを食べていくわ。

てっきりそれで腹を括ったのだと思っていた。

そうは言ってもなあ。朝の散歩の間ぼんやり考える。せめて冷凍食品の数品だけでもこっちで預かってやれないか。

やるなら向こうの冷凍食品が傷む前にと帰宅すると朝食前、そのまま自分の冷凍庫から挽肉とほうれん草とミックスベジタブルを取り出した。

玉ねぎを刻み、絹ごし豆腐と卵とパン粉と混ぜてハンバーグ、卵とミックスベジタブルと冷凍ほうれん草と牛乳とチーズを混ぜてオーブンで焼いてキッシュもどきにする。散らかった台所のまま実家に行き、冷凍庫に隙間ができたから少し預かるよと申し出た。

予想していたのは、のんびりお茶を飲んでいるところに不意にそう言われ、あらぁありがとう、と喜ぶ母と姉のはずであった。

現場は修羅場だった。

「あらトン、いいとこに来たわっ、あなたのとこに引き取ってもらうもの、そこにあるからっ、早く持ってきなさいっ」

叱られた気分になるのは今度はこっちである。

「あの、冷凍庫少し空いたから、ちょっとなら預かれるよ」

「あ、そうねっ、今こっちやってるからっ、それ、早く持ってきなさいよっ」

あ、じゃあ、とにかく勝手に見繕ってこっちに移動させるからと、実家の冷凍庫を開ける。

親子といえど、人様の家の冷凍庫の中身をじっくり覗いたことがなかった。

我が家とかなり違う。見たことのない英語のパッケージのもの、中国語、近所のスーパーではお見かけしない商品がたくさんあった。おそらくこれは高級食材なのだろう。グルメの姉のコレクションかもしれない。まずはそれらを優先し、持っていく。玄関を通過しようとすると、そこでお雛様を桐箱にしまっている姉が

「トンっ預かってくれるなら、左奥の赤いのがあるでしょっ、あれからもってってっ!」。

ほぼ、叫びである。

「承知しております、そこを優先し、避難させております」

やはり姉のものであった。牛テールなのだそうだ。そのほかの未知のものは、小籠包と参鶏湯で彼女の癒しなのだそうだ。

まだ少し余裕があるよと戻ると、今度は母から未開封の冷凍牛蒡の笹掻き、揚げナスを渡される。

「あなたよく作り置きするから便利でいいでしょ」

なぜか上から目線。そしてカマンベールチーズ、ささみの燻製、スモークチーズ

「悪いけど、うち、誰も燻製類、食べないのよ、今日二人で食べれば?」

エェッと一瞬母の表情が曇る、同時に姉が向こうから「燻製は常温でも大丈夫だからあげなくていいっ」と大声をあげる。

柔らかくなり始めた牛蒡と揚げなす、ついでにこれもと冷凍かき揚げ5食を渡され家に戻った。

2日連続私の朝ご飯が遠のいていく。

しかし、目の前でどんどん溶けていくのでのんびりしていられない。

とにかく牛蒡を炒めながらどうしようと考える。なんだか主婦の検定試験のようだ。普段のようにレシピ本を見て醤油が砂糖がと確認するわけにいかない。

思いつくのは甘辛味だけである。豚こまを一緒に放り込み、砂糖、醤油、味醂、ちょっとのお酢を入れ、きんぴらのような、しぐれ煮のようなものが出来上がった。

ナスはもう、ぐったりしている。

さっき作ったの豆腐ハンバーグとホールトマトと、残り物のミートソースをフライパンにぶち込み煮込む。

組み合わせとして、そう酷いことにはなるまい。

お腹すいたよぅ。疲れたよう。

こんなことになるとは思っていなかったので今朝は少し長めに歩いてきたものだから、足がガクガクしてきた。

とっ散らかった台所に息子が降りてくる。

「なんじゃ、これは」

「隣の冷凍庫内の食材救済中」

「なんで隣の家の騒動にこっちが巻き込まれとるんだ」

・・・まあ、そこは。流れで。つい。

そう言いながらも昨日は昼から串揚げ、今日は朝からかき揚げうどんと、彼が一番恩恵を受けているのであった。