めでたしめでたし

朝の9時。散歩の帰り道、出勤途中の姉と遭遇する。互いに相手を認知するとイヤフォンを外した。

「おはよ。何か業務連絡は」

母の足の状態に関し申し送りしておきたいことはないかと尋ねた。

「ある。うちの冷蔵庫がお隠れあそばした」

「うそっ、壊れたの?」

「そ、まだ一応冷凍庫はなんとかなってるけど、急がないと。私、今日、仕事で抜けられるかわかんないのよね」

じゃあ私が適当に見繕って手配しようかと言うとキッパリと「それはいい」と答え、「後でサイズだけ測ってラインして」と別れた。

実家に行くと母が呆然としていた。

「大変なのよ、冷蔵庫が」

駅前でお姉さんに会って聞いた。サイズを送れって言うから測りにきたと話しても噛み合わない。軽くパニックになっているのだ。

「どうしよう、取扱説明書のパンフレット、探してるんだけどないの、こういうものいつもちゃんと分けてあるのに。私、こういうもの無くす事なんて滅多にないのに」

近所の電気屋さんに連絡しようか、でもあの人は人として信用できない、この前も私が年寄りでおとなしいと思って修理代をふっかけてきたから。でも来てくれるかしら。

言っていることが支離滅裂である。

とにかく大丈夫だ、いざとなったら新しいのが来るまでレンタルしてもいいし、うちのところに予備で使ってもいいのだ、となだめ、計測だけして引っ込んだ。

姉に送信し、インターネットで探す。

冷蔵庫ならなんでも良いわけではなく、台所の形状に合わせるとサイズに縛りが出る。高さ178を超えず、幅68まで、奥行き70までと探すと半導体不足の影響もあってかどんなに急いでも二週間はかかる。

あちこち探したが即日配送可というのはどれも183センチで収まらない。ううむ。

朝ごはんを食べよう。洗濯物も干さないと。私の悪い癖だ。まずは自分を。自分のことをしっかりやって、余力で人のお世話だ。

そう思って立ち上がったところにノックがした。

「なんだか今度は冷凍庫もダメになってきたんだけど。」

そりゃそうだろう。

「当たり前だよ。デンキがやられてるんだから。どうしようもできないよ。とにかく開けちゃダメ。むやみに触るな」

しょんぼり帰っていった。うちの冷凍庫もパンパンだ。受け入れができない。

応急処置に保冷剤やアイスノンを取り出し、持って隣に行く。

「隙間にこれを入れて。焼け石に水だろうけど無いよりいいから」

そう言って扉を開けるとあとは揚げるだけの串カツとコロッケの袋が現れた。

「あなた、これ持っていってよ」

「じゃあ揚げて持ってきてあげるよ。」

「いらない、孫ちゃんたちに食べさせてあげなさい。あ、コロッケはいる。コロッケは食べたい」

フライの空いたところに保冷剤を突っ込み、戻り、今にも形が崩れそうなフライをうちの台所で揚げるべく油を熱する。

串カツセットが大量にあった。かぼちゃ、たこ、ポテトチーズ、白身魚、鶏肉。大きな冷凍コロッケを四つ、届けようとキッチンペーパとアルミホイルで包んでいると母がまた現れた。

「お姉さんから電話なんだけど何言ってるかよくわかんない、あなた出てよ」

コロッケを渡し、急いで実家の電話に出ると職場を抜け出し家電量販店にいる姉が待っていた。

目の前にある商品のサイズとメーカー、特徴を言ってくる。

それはだめ、それはいい、あ、そっちよりさっきの方がいい。

二番目に言ったのが第一候補で、次がさっきのだね。

それから搬入に前回人数が3人以上いないとできなかったから、それも確認した方がいいよ、うん、じゃあ。よろしく。

そばで両手にほかほかのコロッケを乗せた母がこっちを見ている。

「在庫ありそうだよ。あとはどれくらい早く届けてくれるかだね。大丈夫よ」

また戻り、カピカピになってきた洗濯物を干す。お腹が空いた。時刻は1時を過ぎた。

姉からラインが入る。冷蔵庫を買ったようだった。写真が送られてきた。母に見せろと書いてある。

携帯をもってまた隣に行くと電話の最中だった。

画面の写真を見せ、安心させる。うんうんと頷きながら電話する彼女にLINEに転送するとメモを残しまた帰った。

台所を片付けていると母がまた顔を出す。

「買ったってぇ。6日に下見で来て、7日に配達してくれるってぇ」

ぱあっと晴れた表情である。

よかったねぇ。思ってたより早く届くね。もう安心だね。よかったよかった。

「そうなの、そうなの、もうあとは騙し騙し食べられそうなものから使っちゃうわ。」

もう歳なんだなあって思った、お姉さんが忙しいし、あなたはあてにならないし、私がしっかりしなくちゃって思ったんだけど何をどうしていいかわかなんなくて。

そうベラベラ喋りながら涙を拭うのでびっくりした。

「お姉さんにも言ったんだけど、あんなにバカでつかえなかったトンがそこそこ役にたったから。バカなりに成長してたんだと思うと私、涙が出てくる」

そう言ってまた目を指先で抑える。

目の前にはてんこ盛りの串焼きと、油はねしたガス台、干し掛けの洗濯物、そして泣く老婆。

「それより足の方はどうなよ。まあ、それだけ行ったり来たりできてるなら大丈夫そうね」

「あ、こっち?これはもう平気よ、ぜんっぜん。明日はお姉さんと夜、東京03の舞台観に行く」

時刻は2時を回っていた。

ジムから帰宅した息子は山盛りの串カツに大喜びをした。