母の足の骨は折れてはいなかった。姉が心配していた靭帯も異常なしだった。
よろよろ、けれどしっかりとした足取りで家を出ていく。窓から「一緒に行こうか」と声をかけると迷惑そうに眉間に皺をよせ手をブンブンと降って見せた。さっさと行けばいいものを余裕を見せようとするのか、わざわざ立ち止まり花壇の水仙を触っている。
処方箋を出してもらったら薬局に行かずに持って帰ってくるようにと言った。
「後で私が買い物のついでに行くから。フラフラしないでまっすぐ帰っておいで」
それには素直に頷いた。
腫れはやはり出血だったそうで、レントゲンには見当たらないが、骨に損傷があったのだろうということだった。
「あの先生、優しいのね。痛かったでしょうって。」
「そうなのよぉ。ハンサムだし。優しいのよねぇ。私の時も一緒に治していきましょうって。素敵なのよね」
あの先生にまた来週母は会えるのかと思うと羨ましい。ぐるぐる包帯を巻いてもらい、その上にサポーターをはめてもらって帰ってきた。
「この歳でじっとしてると歩けなくなるのが怖いから、散歩くらいはしていいって」
警戒するように何度も言う。
わかるわかる。怪我している本人はチャカチャカ通常通りにやりたい。周りで急にドタバタ気を回して手伝いにやってこられると鬱陶しいのだ。しかし、善意だろうからそうも言えない。
先生がそう言ったと連発する先ほどの台詞を翻訳するとこうなる。
あんまりあれこれ気をつかって家に来るな、家事の代行をしようとするな、私の行動を制限するな。
へいへい。
「あんまり心配しないでいいから」
「そんなに心配しとらんよ」
姉に連絡をする。ヒョコヒョコ歩いていることと、骨折ではなかったこと、歩いていいと言われたと威張っていること、処方箋は私がもらいに行くこと、そうは言っても台所に立つのはしんどいだろうから、こっちで作って少しまとめて冷蔵庫に入れておくということ。
「私が去年やったのと似てるけど、その軽傷って感じ」
「まったく親子揃ってそそっかしい」
姉は後で休憩時間に電話してみると言って切った。
「お姉さんに私の去年の怪我の軽傷だって言ったら、二人してそそっかしいって怒ってたよ」
湿布と胃薬と痛み止めの頓服薬を届けに行ったついでにそう言った。
「お姉さんと電話したの」
「うん」
「二人で連絡とったの」
「うん、一応」
それが嬉しかったようで何度も聞く。
「あなたたち、電話で連絡しあってたの」
「そうだよ」
「あらそう」
緊急事態扱いされていることはまんざらでもないのだった。