目が覚めて気が重い。
私自身に問題を抱えているわけではないが、寝つきがよくなかった。
朝、脳が動き出して思い出す。昨日の続きだな。やれやれ。
入社2年を終えようとする息子の異動願いが、昨日、見事にスルーされた。
癖の強い先輩との仕事もそれなりにコミュニケーションの取り方を自分なりに確立し、もう負けてはいないと笑っていた。彼がコロナで休んでいる間に、その先輩と直に対応することになった新入社員は長期療養に入り、やめてしまったという。
後輩ができて張り切っていたのと、新入社員の仕事と2年目の仕事を引き受けることになった忙しさとで、必死の思いで書いた異動願いは脱出希望の訴えなのだった。
書けば通るかもしれないと、当然希望を持つ。この半年、息子はそこに望みを託し、やってきた。
それが却下されたのだった。
珍しく夫と一緒に帰宅した彼の声は明るく聞こえた。
どっちだったんだろう。先に寝ていた私は耳を澄ます。ケラケラ笑っている。まあ笑うだけの元気があるなら結果はどうであれ、よし。
ベッドに潜り込み布団を被った。
しばらくしてドアをノックする。来たな。やっぱり来たか。
「ただいま、異動、出んかった」
「そうか。残念だったね。まあそれが何年か後になってあれで良かったんだって思う時もくるよ」
「明日からまた暗い日々が続くぜ」
「君の人生は何にも失敗してないんだよ。大丈夫。今の場所に求められているんだよきっと」
「でも、この先2年、絶望的だ」
この人はこの手の話になると長いのだ。自分が納得するまで愚痴を言う。
学生の頃は根気よく付き合ったが、もうそろそろ、独り立ちをしようかという頃だ、お母さんにべったり慰めてもらおうとするのは、そしてべったり支えようとするのも違う気がする。私を本当に必要としているのではない。ただ、誰かにこぼしたいのだ。
起き上がって、体を起こし、ふーん、ふーん、元気出せよと言ってやればよかったのだろうか。
本能的に、それをやると奴は悲劇の主人公になりきっていつまでもいつまでも不満を抱えていくように思った。
誰に何と言われようと、自分で腑に落ちないと納得しない。
それが彼のいいところでもあり、面倒なところでもある。
今、私がどんな言葉を並べようと気に入らないものは気に入らないのだ。決まった以上、ここでいい仕事をしていこうと腹が決まるまで、彼自身が乗り越えるのを待つしかない。
「おやすみ」
まだ何か話したそうなのをバサっと切り捨てた。
「・・・おやすみ」
ドアはバタンと荒く閉められ出ていった。
やれやれ。
こんな気の毒な俺の話を可哀想に、そうかそうかと聞いてくれるものだとやってきたのだろう。
チクン。チクンチクンチクン。
問題の先輩と揉めたことが原因で他所の部に移動した男の先輩から連絡が入り、今回の人事異動の憂さ晴らしを近いうちにしようと誘ってくれたと言っていた。そんないい仲間がいるのなら、なおさら私は放っておいて大丈夫。あとは外の皆様に育ててもらえ。
間違っていないと思うのに目が覚めるとまだチクチクしていた。
がんばれ、息子。
進め。怒れ、泣け、闘え、そして笑うのだ。笑って怒って落ち込んで、立ち上がれ。
理想とちょっと違うなと思う場所でもそこが、君の今の場所なんだ。
かなり後ろの方から、応援してる。