負けた気分

小さないい加減な嘘が夫からたて続けに判明し、この数日、怒っていた。

正確にいうと、まず「やられた」という悔しさ。それから「そういうことを私にも平気でやるんだ」という、小狡いことをする対象から自分は例外とされていないのかという落胆と悲しみ、そしてそれら統括した怒りがムラムラ沸き起こる。

いつまでも怒っていると家の中の空気は悪くなり、子供はそれを察知して気を使う。

第一自分自身が息苦しく、たいていは不満を述べたら切り替える。子供のいたずらを叱った後のお母さんのように、話を切り替え普通に戻す。

しかしこれを繰り返すから、奴は私を舐めてかかるのだ。

あ、怒っちゃった。大人しくしておこう。静かに頭の上をマグマが通過するのを待っていればやがて何事もなかったかのようになる。

そしてまた、どうせ許させるとどうでもいい程度の嘘をつく。

どうでもいい程度の嘘なんだから、怒るのも大人気ないと私も小言で終わる。

ふざけんなよっ。

先週の日曜、そのスイッチが入った。

たとえ大人気なかろうが、腹が立っているんだ。傷ついてもいるんだ。それが私だ。文句あっか。

「わかった。あなたの言う約束って言うのはこういう感じなんだね。よくわかった。私もそういう感じであなたとの約束をする。バレなきゃいいってことだね」

静かに静かに妻は言う。

「ヒーン、ごめんなさーい」

夫は何も感じ取っておらず、いつもの調子で軽く流す。

月曜日。あえて必要なこと以外は話さない。事務的に、話しかけられてもそっけなく。

私は怒っているのだというオーラを出さないといけない。

しかしこれは結構疲れる。ヘラヘラしている方がずっと楽だが、それが舐められる元なのだとピッとする。

そういや、大学生の時も後輩から敬語を使われるタイプじゃなかった。

火曜日。

夫の昼ごはんを用意し、片付かないからさっさと食べろと声をかけた。

妻の不機嫌な時くらいさっさと降りてくればいいのにとプリプリしながら「ちょっと買い物行ってくる」と家を出た。

「いってらっしゃーい」

陽気な声のトーンがまた腹立たしい。これっぽっちも響いていない。フンと買い物袋を振り回す。あれ。軽い。

・・・財布・・・。

くっそお。どうしてよりによってこんな時に。

仕方なく今来た道を戻る。玄関を黙って開けると夫は呑気にお菓子を食べていた。

「あれ?どうしたの?忘れ物?」

「・・・財布忘れた」

「ふふふふ。トンさんらしいなあ。ふふふふふ。気をつけてね。行ってらっしゃい。慌てて走ったりしないでゆっくりね」

くっそう。屈辱だ。

「どうも」

息子が出社だった。夕飯をふたり、テレビをつけて食べる。

小鉢をたくさん出すステーキの定食屋をやっていた。ステーキダブルと頼んだ若者二人のテーブルに小鉢がずらずら並ぶ。

「ステーキダブルだと小鉢も倍、来ちゃうの?」

言ってからしまった、と思う。怒っていたんだ、わたしゃ。

「うん、そうみたいよ」

なんのわだかまりもなくごく自然に夫は返答する。

終わった。

私の怒りの日々。

一番ホッとしているのはぷりぷりしていた張本人だったりする。