配信デビュー

夕方、時刻は5時を過ぎた。

ああ、始まったな。

遠いどこかで盛り上がってるんだろうなあ。

配信チケットを買おうと試みたが、アクセスの集中で手に入らなかった。勝手に盛り上がり、勝手に撃沈したくせに置いてけぼりになったような寂しさを感じる。

まあそれほど熱狂的なファンでもないんだから、やめとけってことだと自分に言い聞かせる。

それでも未練がましくYouTubeで作品名を検索し、過去のアンコール場面を眺め、気分だけでも味わおうとする。

数週間前の演目が終わったばかりの興奮、役者達のチームワークの良さ、観客達の熱、そして舞台のハイライトが繰り返し映し出される。

冷静になれば宣伝になるよう編集されているのだから、そりゃもう魅了を凝縮した数分の動画なわけである。

まんまとそれにやられた。

時刻は5時半。一週間は配信しているから理屈から言えば今からでもチケットは買えるはずだ。

今日じゃなくても、いい。やっぱり観たい。

開演後になったからかあれほどエラーになったのが、あっさり購入画面に進んだ。

もう、突き進むしかない。

財布を持ってきてクレジットカードの番号を入力する。いろんなことに同意する。時刻と演目を確認する。

えいっ。

その途端、いきなり舞台映像に切り替わって慌てた。

「ただいま30分の休憩中です。このままお待ちください」

どうするどうする。

ご飯は。お風呂は。ああ、もうどうしたらいいの。

明日ゆっくりと思っていたのに、もう完全にパニックになる。

やはり飛び飛びでも生の熱を共有してみたい。

30分の間に急いでシャワーを浴び、自分の夕飯をお盆にセットする。

始まった始まった。

iPadを台所に持ってきて、チラチラ眺め、気が気じゃない。

あ、出てきた出てきた。

全てを放り出し、散らかった台所はそのままに移動して座り込む。

Bluetoothのスピーカーに繋ぎ大音量で観た。

話は後半からちょうど盛り上がるところでよくわかった。

どの曲もいい。知らない役者の場面も好きなメロディがたくさんあった。

ハズレの買い物じゃなかったと、下世話な安堵をしながら喰い入る。

やがて、物語のクライマックスで、あの役者が羽のような衣装をつけて現れ主役の女優と歌いあげた。

それこそ、ラジオで聞いたあの曲だった。

泣きそうダァ。買ってよかった。

演目が終わり、アンコールの頃には一緒にリビングで拍手をしていた。

なんなんだこの感じ。

半分観ただけなのにこの疲労感と充実感と幸福感。

しばらくぼんやりしていた。

あ、そうだそうだ。ご飯ご飯。

熱に浮かされたその晩は海外ドラマはやめた。

ぼんやりした余韻の中、静かに食べた。

明日は前半を観よう・・。