10年ぶりの大寒波が来るぞ来るぞと、テレビもラジオもインターネット上でも言っている。
何だかゴジラがやってくる時のあのタリラ、タリラ、タリラリラリラっという音楽と共にとんでもないことが起こるようで、その報道の方が怖い。
マイナス2度になるという。甘っちょろい毎日を送っている私には想像もつかない。
マイナス。この冬、朝の散歩で経験したのは2度までだ。0度より下なんてどんなことになるんだろう。
10年ぶりと言うからには10年前におそらくこのようなことが東京にも起こったのだ。しかしその頃の私は絶賛引きこもり中だった。外界がどうだったかなど全く記憶にない。そもそもどうやって生きて何を考えていたのか。ただ狭い部屋の中で本を読んでいた。
もっと前に遡ると大学の卒業旅行にヨーロッパに行った。12日間の行程の中、一泊ウィーンに滞在する日があった。卒業間近の3月だった。あの時が、確かマイナス2度だった。
それでも外国に来た興奮と、可愛らしい街並みと若さではしゃぎ、夕方の街に出ていった。何か食べるところか、食べるものを求めて歩いた。どの店も閉店が早く、やっていない。このままでは今晩、どうしよう。私たちは焦る。焦るのに、雪の中、ディスプレイされているショーウィンドウの美しさにいちいち立ち止まる。
「もうだめだ、凍える。急いでホテルに戻ろう」
「そうだね。もう、とりあえずパンかなんか買って帰ろう」
「シャワーの順番決めておこうよ」
歩きながらそう話す口が、うまく動かない。ああ、口がかじかむってこういう感じなんだと思ったのをよく覚えている。
10年前が思い出せないのに、大学生の頃のことは断片的にだが映像が浮かぶ。
あの時、ダウンなんて持っていなかった。ウールのコートの下に何枚も重ね着をしていた。今の私の方が防寒着はたくさん持っているはずなのに、今、私は怯えている。
しばらく一週間、ラジオ体操は休もうか。
家で体操をし、日中、少し散歩すればいい。
アプリの週間天気予報を何度も開いて予想最低気温を見ながら考える。
「こちらは今、マイナス8度ですっ」
朝、北海道の動物園からの中継でアナウンサーがそう言った。
恥ずかしい。マイナス8度だなんて。テレビカメラを担ぐ人、マイクを持ってレポートする人。動物のお世話をしている人。
ウクライナを思う。きっともっと厳しい尋常じゃない冷えの中、耐えているのだ。寒さの中、終わりの見えない恐怖が続く。
たかだか、マイナス2度。ぬくぬくした暖房もある暮らしで何を動揺するのだ。
しかし、それはそれ。私は私。自分がいい状態であることを一番に考えよう。それはいけないことじゃない。
お気楽な自分を許し、励ます。
今朝、公園に行く。気温は3度。暖かく感じる。だんだん参加人数も減ってきた。
私が好きな可愛らしいおばあさんは、今日もいた。
体操が終わり、帰ろうとした時、彼女たちの会話が聞こえてきた。
「そうなの。あんまり寒かったらやめようかと思って」
ウフフと、首をすくめる。
「そうよ、やめましょ」
お相手の二人が明日は休もう休もうと声をそろえるとあの、可愛い彼女が言ったのだ。
「でもね、せっかくラジオを持ってきてくれる人に申し訳ないかなあと思うの。せっかくねぇ。だってねぇ。せっかく持ってきたのにだあれもいなかったら、ねぇ。かわいそう」
また、己を恥じる。
そんなこと、これっぽっちも考えていなかった。
自分がいかに、たかだかマイナス2度の数日を乗り切るか、それで頭はいっぱいだった。
明日の朝。いよいよだ。
今から緊張する。