「えーっとだな。昨晩は、寝ようとしているところまで追いかけて、ずっとわからんことを言ってすまんかった。」
日曜の朝、起きてくるなり息子がいった。
クリーニングの溶剤の件である。
店から貰ってきた服をビニールから取り出したときにした石油ぽい匂いに過敏に反応した。
すぐさまネットで調べ、有害物質、皮膚のかぶれ、といった部分だけを読み漁り、仕上がってきた服を家でちょっと羽織ってみただけの自分も、危険に晒されているのではないかと考えたのだ。
そんなわけない。
激安でも、劇薬を使っているわけでもない極普通の店である。息子の制服も何度となくここで綺麗にしてもらい、彼自身、袖を通している。
自分でクリーニングに出し、自分で引き取ってくるのが初めてだった。
これまで私がビニールをとって陰干しをしていたから、匂いなど気にならなかっただけのことなのである。
一度、取り乱しモードに入ると、それは軽いパニックと似ていて、人の言っていることが耳に入ってこない。
それは子供の頃からの性質なので、昨日、彼が大混乱を起こしている最中は説明はしたが、わからせようとはしなかった。
放置。そして「ちょっとおかしい」。
息子がしつこく屁理屈をつけて絡んでくるのをかわしつつ、自問する。いいよな。もう大人だ、庇うことない、対等に思ったことを。
ずっと「もうっ、神経質すぎるよっ」と言いたかったのを堪えていたのは、やはり、感じた方はそれぞれだから。
いくら子供といえど、理解できない発想はあるはずで、それが自分と違うからといって全否定するのは彼自身を否定するような気もする。
しかしもう価値観の違いをぶつけ合う関係になっていいはずだ。そうでないと健全な親子じゃない気がする。
私にとっては結構なジャンプだった。そして爽快だった。
で、それからの、朝。すまんかったと息子が笑う。
「俺、ちょっと取り乱しとった」
「そう自覚してくれたならよかったよ。でも安心していい。成長を感じたよ。ちょっとおかしいって言われたその反応を見て」
高校の頃ならそんなこと、ちょっとでも言われたら逆上した。俺の苦しみがわかっていない、こんなに俺が真剣に困っているのにどうしてそうやって馬鹿らしいことのように扱うんだと、涙を浮かべて怒ったはずだ。
「一晩たって、ちょっと理性を失っていたかもって照れ笑いするなんて、大人だ」
「俺、何にも知らねえなあ」
とまた照れた。
無知の知。
私なんて50になって、やっと自分が本当になぁんにも知らないんだってことに気がついた。