そして今日も私は生きる

最近、ハラハラドキドキする作品を遠ざける。

本当に少し前までは、登場人物の心模様だったり、事件だったり、すれ違いからくる誤解だったり、何かしら心を騒つかせる筋書きに目が離せず、一気に何話も続けて見たりしていた。

火災、刑事、病院、騙し合い、スリル、政治。

50にして初めての海外ドラマは刺激的で魅力的で、またそんなふうなものに夢中になっている自分が、ちょっと、なぜか得意というか、嬉しいというか。

私も今時の人っぽい趣味を持ったんだわぁ。

けれどどうもやっぱり体に合わないのか、今はハラハラシリアス系は少し休憩している。

登場人物の誰かを本気で「こいつ嫌なやつだ」と疎ましく思い、その人の失脚を「しめしめ」と思う。

どこかで不穏な伏線があると、なんとなく不安になって心が苦しい、

ドラマなのに。

過激でなくていい、馬鹿らしく、のどかで平和でクスッと笑っちゃうようなのがいい。

 

同じように自分自身のこともそう処理するようになってきた。

心臓が、肝臓が、骨が、脳が、腸は。

検査の結果は。あの時の先生の言ってた意味は。

容姿の悪さ。そして外食がうまくできないこと。

ああ、私ってどうして普通に生きられないんだ。

ツッコミどころ満載なのは相変わらずなのだが、それを何処か標準装備と捉えつつある。

自分の人生を自分で切り拓き、充実したものにしないと。楽しまないと!

そう気負っていた時より、「も、いっかぁ」と思っている。

そしてそうなってきてからの方が自分に期待をしていないから心が自由だ。

より良くなろうとしていないから、やりたいことだけをやっている。

 

チョコボールのコマーシャルに流れていた曲を覚えているだろうか。

クエックエックエ、チョコボールー♪

あれが頭の中でリフレインする。

大抵のことはどうでもいいんだなあ。どうとでもなるんだなあ。

一人、歩きながら、台所に立ちながら、ごろ寝しながら浮かんで流れる。

クエックエックエ、チョコボォールゥー♪