そうじゃなくて

日曜日のラジオ体操の帰り、ドトールに寄った。

みんながまだ眠っている週末の朝、時間的にも物質的にも一人の空間が確保される。

家族と一緒に過ごす温もりから一旦離れ、自分が自分自身になる。

お母さんでもなく、妻でもなく、娘でも妹でもない。

オリジナルコーヒーのMサイズを注文し、店の外が見える席に座ってぼんやり過ごした。

店は空いていて、ここで勉強や仕事をしようと道具を抱えて持ってきている人、これからどこか出掛けていく前の腹拵えに立ち寄った人。ぼけっとただコーヒーを飲みながら座っている私。

さあ、帰るか。

立ち上がり、カウンターの前を通って自動ドアを開けた。

「ありがとうございました」

店員さんから声がかけられる。ちょっと恥ずかしい。振り返り会釈をした。

「いってらっしゃいませっ」

これから出勤するわけでも、イベントに向かうわけでもなんでもない。帰って専業主婦に戻るだけなのに重ねてそう送り出された。

言われるとなぜだかうれしい。

今日も頑張って私の役割を果たそうと思えてくる。

いってらっしゃいませ。いいもんだなあ。

そうだ、今度、夫が出かけるときに、いってらっしゃいませって言ってみよう。

いつもの気の抜けた「いってらっしゃーい」じゃなくて。

いってらっしゃいませっ。

きっと彼も晴れやかな弾んだ気持ちになるんじゃないだろうか。

帰宅すると夫がもう起きていた。

「ちょっとニトリに行って本屋に行ってくる」

親戚の家のリフォームで忙しい。今日は久しぶりに家にいるはずだったが、急に思い立ったのか既に出かけるところだった。

「朝、納豆と味噌汁食べたから」

「帰りは遅いの」

「うーん、夕方には帰る」

あ、これは夕方に帰ってこないパターンだ。用事が済んだらまたあちこち寄り道して遊んでくるつもりだな。まあ仕方ない、よし、気持ちよく送り出してやるか。

「いってらっしゃいませ」

ニコッと笑うのも忘れない。

「ヒーン。トンさーん」

夫は苦笑いをした。え、なぜ。

「なによ、だからいいって。いってらしゃいませってば。気をつけてっ」

「ヒーン」

いやいや、嫌味じゃなくて。

どうやら使い方とタイミングを誤ったようだ。

それとも日頃の私の態度の問題だろうか。